ここはどこだ?
とても暗い。
ドドド、ドドドドドドド。
銃声だ。
あちこちで銃声が鳴り響いているのが聞こえる。
俺はテントの中で兵の治療を行なっている。
いや、治療と呼ぶには程遠い。
ただの手当を俺は必死でやっている。
沢山の血で染まった真っ赤な白衣を着て。
「トライオード!こっちも頼む!」
「先生!早く来て!」
「こっちもだ!先生!」
「先生!」
パニックというのはこういう状況を言うのだろう。
テントの中も・・・外も・・・。
怪我人で溢れている。
いや、正確には怪我人と死体で溢れている。
「エノーラ!こっちを頼む!」
「わかりました!」
急ぐ足が何かに躓いた。
腕だ・・・。
持ち主の判らない腕に俺は躓いた。
バランスを崩しながらも俺は次の兵のところへ急ぐ。
「どうだ!」
「こっちの兵は腹に3発、腕に2発、それと・・・」
説明の途中で俺はその兵の毛布を剥ぐ。
「・・・足は地雷にやられている。」
彼の膝から下がない。
出血も酷い。
悪いが彼は助からないだろう。
「次だ!」
そう言って彼から離れようとした時だった。
「!!!!!」
誰かが俺の上着を掴む。
もの凄い力だ。
「・・セン・・セ・・。」
足のない兵だった。
「・・助け・・くれ・・・。」
「すまない。」
そう言うと彼は震える手で俺に拳銃を差し出した。
「・・・・」
彼は無言のままで頷いている。
「すまない。」
パーン!という乾いた拳銃の音がテントに響いた。
俺は自軍の兵士を撃った。
彼の手は俺の白衣を掴んだままだ。
こうして俺の白衣は兵士の返り血で赤く染まっていく。
医者が人を殺すのだ。
敵も味方も関係ない。
俺が殺したんだ。
・・・・・俺が。
「足りない!テントを増やせ!」
俺は叫んだ。
そして仲間を呼んだ。
「指揮官に一番近いテントに遺体を運べ。」
「次のテントには重傷を負った兵を。」
「その次のテントには待つことが出来る兵を。」
「最初のテントは軽傷の兵を。」
「ジョン、ダン、すまないが手伝ってくれ。」
「わかった、何でも言ってくれ。」
ジョンとダンは負傷してテントに戻っていた。
ジョンは幾発の銃弾を足に受けている。
ダンは片手の指がない。
それでも人の手が必要なのだ。
「ダン、君の判断で構わない。」
「傷ついて帰還した兵を3つのテントに振り分けてくれ。」
「わかった。」
「ジョン、すまないが君は軽傷の兵に手当をしてやってくれ。」
「エノーラ、ジョンに手当の方法を教えてやれ。」
「はい。」「わかった。」
「俺は重傷者のテントにいる。」
「エノーラ、お前も後で来い。」
トリアージだ。
それしかこの状況をやりくり出来ない。
重傷者のテントに入ると血の匂いがした。
「良かった・・・。」
このテントにアベルはまだいない。
生きる可能性がある兵にだけ手当を施す。
望まれれば俺は自軍の兵に銃を向ける。
乾いた銃声がテントに響く。
「エノーラ、ありがとう。」
「応急手当の方法はわかった、君はトライードの所へ行ってくれ!」
ジョンに促されエノーラが重傷者のテントに来た。
「先生!」
「エノーラ、助かる可能性がある兵だけ手当をしろ。いいか。」
俺は優しくそう言った。
エノーラは無言で頷くと直ぐに手当を開始した。
こんな時の彼女は頼もしい。
普段のおどけた彼女の面影はない。
そして彼女が後姿であることを確認した俺は自軍の兵に銃を向けた。
俺は医者だ・・・。
なのに・・・すまない!
テントに銃声が響く。
突然の銃声にエノーラは肩を一瞬ビクつかせたが、
こちらを振り返ることはなかった。
彼女なりの優しさなのだろう。
刻が流れても状況は悪化する一方だ。
ここに何人の兵士がいる?
戦っている兵よりここに居る兵の方が多いように感じる。
そんな時だった。
「近衛兵も行け!」
「伝達班も一人を残して行ってこい!」
クレイグ大佐の声だ。
いつの間にか大佐は戻って来ていた。
そして状況はいよいよ切迫しているようだ。
「トライオード!」
遠くでダンの声が聞こえた。
ダンがテントに入ってきた。
「トライオード!」
彼の息はあがっていて、必死の形相をしている。
手の傷が相当痛むのか。
ここに薬はもう無い。
包帯も底をついた。
止血は兵の軍服を裂いて使っている。
医療班の大半は大佐の命令で、
戦地での手当に借り出された。
俺は過去があるのでそこには行けない。
「トライオード!アベルが!」
アベルだと!?
嫌な予感が頭をよぎる。
「アベルがどうした!」
「アベルがその先で倒れている!」
「俺の手じゃどうしようも出来ない!」
「わかった!すぐ行く!」
「エノーラ!、しばらくここを頼む!」
「わかったわ!」
俺はアベルのもとへ急いだ。
そう広くない陣営もこんな時は遠く感じる。
暗闇に大男が仰向けに倒れている。
アベルだ。
「アベル!大丈夫か!」
俺はアベルの頬を叩いた。
「おい!何するんだ!トライオード!」
良かった。
彼は生きていた。
「大丈夫か。」
「ああ、少しへまをこいた。」
彼は顔をしかめて笑っている。
「どこが痛む。」
「足に1発と肩に1発・・・それと頭に1発だ。」
「帽子を取るぞ。」
そう言うと俺は穴の空いた帽子をとった。
「大丈夫だ。致命傷にはならない。」
「そうか、少し休めばまた行けるか?」
もう行くなと言いたい。
あの時、もう行くなと言えば良かった。
そんな体で戻って何が出来る。
敵兵の的になるだけだ。
「ああ。」
俺はそう言った。
俺は確かにそう言った。
俺がアベルにそう言ったんだ。
「歩けるか?」
俺とダンはアベルに肩を貸してテントに戻ってきた。
「カロンの情勢はどうだ。」
アベルに判り切ったことを聞いた。
「ああ、奇襲は成功した。」
それにしてはこの負傷者の数はどういうことだ。
「奇襲には成功したんだが・・・。」
「何があった。」
アベルは何も言わない。
「アベル!何があったと聞いているんだ!」
「カロンの兵の中にスパイがいた。」
「!!!!!」
「俺たちの奇襲は確かに成功した。」
「いや、成功したように見えた。」
「俺たちは次々とヒドラの兵をやっつけた。」
「勝利は目前だった。」
何があったんだ?
それとさっきから重傷者のテントから銃声が聞こえる。
何度もだ。
エノーラが撃っているのか?
もしそうなら、俺は彼女に慈悲という名の
殺人をさせてしまった・・・すまない・・・。
「橋の向こうから敵国の援軍がきたんだ。」
「それで挟み打ちだ。」
「優勢なヒドラ軍は橋を壊すことはないだろう。」
「俺たちは隙をついて逃げてきたという訳だ。」
「スパイが誰か判るか。」
「いや。」
「ヒドラのことだ、後で面倒なことにならないよう
スパイも殺しているだろう。」
「そうか。」
話を聞くのに集中していて気付かなかったが、
テントの銃声が鳴りやんでいる。
不思議に思った俺はいったんこの場を離れて
エノーラのもとへ行くことにした。
「アベル、応急処置は終わった。少し休め。」
「エノーラが心配だ。もう行くよ。」
「ああ。すまなかったな。先生よ。」
そう言うと静かに笑っていた。
俺はエノーラのテントに急いで戻った。