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第39話 祝福の鐘の音

俺達は森に紛れて東の国境を目指している。

俺もロゼッタも脚を負傷し思うように先を急げない。

地平線はまだ暗い。

もう少し時間はあるようだ。

遠くで犬の吠える声がする。

ヒドラ兵の追手だ。

俺達の血の匂いでやがて彼らに見つかってしまうだろう。

それまでに国境を越えなければならない。

幸いその声は遥か後ろの方から聞こえる。

急げ、急がなくては。

バサッ!

目の前に何か現れた。

「オスニ・・・エル・・・?」

目の前には軍服を纏ったオスニエルが立ちはだかっていた。

「死んだはずでは・・・。」

それを聞いたオスニエルはニヤッと笑みを浮かべた。

俺はロゼッタを後ろに庇った。

「久しぶりだな・・・トライオード君。」

「いや、もうトライオードでいいかな。」

彼は不気味な笑みを深めた。

「残念だったね、トラオード。」

「俺は死んでない。」

「確かに俺は奴に撃たれたが、致命傷には至らなかったよ。」

「俺も運が良い男だねえ。」

「そうは思わないか、トラオード。」

そういえばあの宮殿を後にする時、
俺達はオスニエルが死んだかどうか確認しなかった。

後悔の念で頭が一杯になった。

「そういえばレイモンドは死んだか。」

「クレイグの家で奴の顔面に1発お見舞いしてやったのだが。」

「どこを探しても奴の死体は出てこなかった。」

「奴も俺と一緒で運が良いようだねぇ。」

クレイグの家でレイモンドを襲ったのはオスニエルだったのか。

「残念だな、オスニエル。」

「レイモンドは生きていたよ。」

「解放軍の指揮を執っているのは彼だ。」

「そうか・・・。」

「それじゃ既に死んでいるってことだな。」

「どういうことだ。」

「解放軍は全滅したよ。」

「あの夜と違って今度は一人残らずな。」

「あとはニクスの捕虜達を捕まえて殺すだけだ。」

「武器を持たない彼らを仕留めるのは容易いことだ。」

「レイモンドも、アレクシスも、クレイグも死んだのか。」

俺は小さく呟いた。

「ああ、クレイグは俺が殺ったよ。」

「借りは返さないとねぇ。」

「俺と同じように頭に1発返しておいたよ。」

クレイグ・・・。

「俺は優しい男だから・・・利子も付けておいたよ。」

「利子とはどういうことだ。」

「奴の心臓に1発ね。」

「おまけだよ。」

「俺からのプレゼントだ。」

オスニエルはうすら笑いを浮かべている。

クレイグ・・・。

「クレイグは膝をついてたな。俺に礼でも言いたかったのか?」

ここまで聞いて俺は我慢が出来なくなった。

俺はオスニエルに飛びかかった。

オスニエルは銃を抜かない。

俺を弄んで殺す気だろう。

どのみち奴を倒さなければ俺たちに明日は無い。

俺は必至でオスニエルに向かっていった。

ロゼッタはその光景を口に手を当て蒼白の表情で見ていた。

オスニエルと俺には思っていた以上の体格差があった。

しかも相手は軍人だ。

接近戦の訓練も受けているだろう。

このままでは俺は殺られてしまう。

クレイグ・・・・お前ならこの状況をどう切り抜ける。

クレイグ・・・・お前は鬼畜のクレイグなんかじゃない。

策士のクレイグだ。

クレイグ、教えてくれ。

お前なら・・・。

お前ならどうする、クレイグ・・・クレイグ大佐。

そんな時だった。

揉み合う中で枝の折れた木を俺は見つけた。

そういうことか、クレイグ。

相手は俺を弄んで楽しんでいる。

いつか隙が出来るハズだ。

俺にチャンスが来るハズだ。

なあ、そうだろアベル。

そんな時だった。

オスニエルが石に足を取られてバランスを崩した。

俺は身を低くして奴の体に思いっきりぶつかった。

「グァ!」

オスニエルの声だ。

折れた枝が奴の体を貫通している。

暫くして奴の腹からは夥しい血が溢れだした。

ロゼッタは思わず目を背けた。

「トライ・・・オード・・・。」

「・・・貴・・・様・・・。」

オスニエルが力なく俺を呼んだ。

「俺・・・が・・・負け・・・た・・のか?」

どうやらオスニエルは状況が分かっていないようだ。

両手で自分の腹の辺りを探ってようやく状況が理解できたようだった。

「くっ・・・医者ごときに・・・。」

そう言うとオスニエルは前のめりに倒れていった。

背中の穴からも血が噴き出した。

「ロゼッタ!」

俺はロゼッタに手で合図した。

「ロゼッタ!急げ!」

彼女は倒れたオスニエルの前を横切り俺の手を強く握った。

俺達は走った。

手をとりあって・・・。

何か聞こえた。

それは銃声だった。

彼女の体が弓なりに宙を舞う。

「ロゼッタ!」

オスニエルが息を引き取る直前に放った弾だった。

それはロゼッタの左胸を撃ち抜いた。

「ロゼッタ!」

俺は彼女を抱き起こした。

「ロゼッタ!ロゼッタ!」

「しっかりしろ!ロゼッタ!」

俺は酷く取り乱しているのだろう。

俺は必至だった。

「ロゼッタ!しっかりしろ!」

「センセイ・・・。」

彼女は力なく俺の名を呼んだ。

彼女の左胸の赤い染みがユックリと広がっていく。

「ロゼッタ!」

「センセイ・・・綺麗ね。」

ロゼッタは胸の赤い染みを見てそう言った。

「・・・薔薇の花が咲いたみたい。・・・綺麗・・・。」

「何を馬鹿なことを言っている!」

「頼む!しっかりしてくれ!」

俺は泣いていた。

彼女は指でその涙を拭っている。

「泣かないで・・・セン・・・セイ・・・。」

「笑って・・・セン・・・セイ・・・。」

「なに言ってるんだ!こんな時に笑えるか!」

「二人で国境を超えると誓ったろ!」

「国境の教会で二人で式を挙げると約束したじゃないか!」

「なあ!ロゼッタ!そうだろ!」

「セン・・・セ・・・。ゴメ・・ンネ・・・。」

「ゴメ・・ン・・・ナサイ・・・セン・・・セイ・・・。」

「わかった!」

「もう何も言うな!」

「何も言うなロゼッタ!」

「笑って・・・セン・・・セイ・・・。」

「私を・・・笑顔で・・・送って・・・。」

「最後が・・先生の・・・。」

「先生の・・・泣き顔・・・なんかじゃ・・・イヤ・・・。」

「わかった!ロゼッタ!」

「こうか!こうで良いのか!」

俺は必至で作り笑いをした。

俺は泣きながら一生懸命に笑った。

「アリ・・ガト・・・、トラ・・イ・・オード・・。」

そう言うと俺の涙を拭っていた彼女の手が力なく落ちて行った。

「ロゼッタァ!」

俺は力の限り叫んだ。

山に声が木霊する。

俺はロゼッタを抱き寄せた。

そして彼女を力強く抱きしめた。

バンッ。・・・俺の体に閃光が走る。

そこには追ってきたヒドラ兵が立っていた。

「そうか・・・俺も撃たれたのか・・・。」

「ロゼッタ・・・俺も直ぐ行く・・・よ。」

バンッ。

2発目の弾が俺を貫いた。

倒れ行くなかで夜が明けていくのが見えた。

教会の鐘が聞こえる。

祝福の鐘だ。

俺にはそう聞こえた。

俺はロゼッタの手を握ったまま仰向けに倒れ込んだ。

「ありがとうロゼッタ。俺は幸せだった。」

朝焼けの中で仰向けに寝転がる二人。

彼女の胸には赤い薔薇の花が咲いていた。

そして遠くで教会の鐘が鳴っている。

まるで二人の魂を導くように・・・。

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