「シッ!誰かが近づいてきている。」
俺達は息を潜めた。
ヒドラの追ってのようだ。
幸い犬を連れていない。
犬がいれば足跡は雨で消せても
この血の匂いで居場所がわかってしまう。
足音からして一人のようだ。
じっと息を潜めた。
ロゼッタは壊れかけた古い教会の十字架に祈っている。
足音はどんどん近づいてきた。
そしてこの教会の入り口で止まった。
兵は教会の中に入ってきた。
俺は神経を集中してその様子を耳で伺い、
そして手に銃を持った。
アレクシスと別れる時、彼が無言で渡してくれていたのだ。
俺は銃を足音のする方に向けた。
しばらくしてその足音は遠ざかった。
「もう大丈夫だ。」
俺はロゼッタにそう言った。
ロゼッタは震えていた。
雨に濡れて寒いのか、それとも恐怖からか。
たぶんその両方だろう。
「ロゼッタ。」
俺は静かに彼女を呼んだ。
彼女はそれに答えるように俺の方を向いた。
俺はロゼッタに唇を重ねた。
「最初は君からだったな。」
彼女は黙って頷いた。
雨はすっかり上がっているようだ。
月明かりが二人を照らす。
俺はじっと彼女を見つめた。
雨に濡れたロゼッタの黒髪が月明かりに照らされ優しく光っている。
まるで天使のようだった。
「綺麗だ。」
俺は思わずそう言った。
「知ってるわ。」
彼女がおどける。
黒く輝く瞳には俺だけが映っていた。
俺は守りたい。
彼女の全てを。
そう思わずにはいられなかった。
「俺達はここで死ぬ訳にはいかない。」
「歩けるか?ロゼッタ。」
「もう大丈夫よ、先生。」
俺達は足を進めた。。
東の国境に向けて。
自由の鐘が鳴り響く教会を目指して。
しばらくしてロゼッタが言った。
「先生。」
「なんだ。」
「さっき銃を持ってたでしょ。」
「ああ。」
「先生は医者よ。」
「銃は似合わないわ。」
「これは護身用だ。」
「それでもだめ。」
「先生に銃は似合わない。」
「銃は死の象徴。」
「先生、銃が何で出来てるか知ってる?」
「鉄だろ。」
「いいえ、血よ。」
「銃は血で出来ているの。」
「先生は人を生かすの。」
「その銃は人を殺すの。」
「私は先生が人を殺すところなんか見たくわないの。」
彼女の目から涙が零れた。
「わかったよ、ロゼッタ。」
「銃はここに置いていく。」
「無くすものがない俺達にはもう銃は必要ないな。」
そういって俺は銃を捨てた。
あれからどれくらい時間が過ぎたのだろう。
町に突入してから時間の感覚が俺には無い。
無限に[今]が続いているように感じる。
ふいにロゼッタが空を見上げた。
俺もつられて空を見上げた。
「綺麗だ・・・。」
雨上がりの済んだ空に無数の星達が瞬いている。
星と星とが会話をしているようにも見える。
「綺麗・・・。」
ロゼッタも言った。
「そうだ、先生何か歌ってよ。」
「こんな時にか?」
「こんな時だからこそよ。」
「ね、センセイ。」
「歌ってみて。」
「俺はこんな時に歌える歌を知らないんだ。」
「またぁ、恥ずかしがっちゃって。」
「センセイって可愛いね。」
「じゃあ、今度何か覚えて私に歌ってね。」
「今日のところは許してあげる。」
そう言ってロゼッタは小さな声で歌い始めた。
綺麗な声だ。
そういえばロゼッタが歌っているのを初めて見る気がする。
とても綺麗な歌声だがどこか悲しい旋律にも聞こえた。
「どう?私、歌が上手でしょ。」
「ああ。」
「料理も出来て、歌も上手で、それに器量も良いときたもんだ。」
彼女は上機嫌だ。
「それにロゼッタの特性コーイーは美味い。」
俺は言葉を添えた。
「違うわよ、センセイ。」
「あれはコーヒー。」
「ロゼッタ特性のタンポポコーヒーよ。」
やはりわざと間違えていたのか。
俺は今更ながら子供扱いされている自分を笑った。
「国境を超えた教会に着いたら、またコーヒー入れてあげるわね。」
「村の人たちも来てるかな。」
「ああ。大丈夫だ。みんな来るよ。」
ロゼッタが何か考えている。
「トライオード先生。」
ロゼッタは改まった表情で俺を見つめた。
「もしも・・・。」
「もしもだよ、先生。」
「もしも何だ。」
「私達が無事に教会について、村の人たちも来てたら・・・。」
彼女は何か言おうとしてるが言葉が出ない様子だ。
「ロゼッタ。」
俺は言った。
「ロゼッタ・・・、俺と結婚してくれ。」
ロゼッタは驚いた様子だ。
「俺は君と生きていきたい。」
「君と二人でだ。」
俺は言った。
俺の本当の気持ちを。
「はい。」
彼女は小さく返事をした。
その瞳からは涙が溢れている。
「ロゼッタ、急ごう。」
俺達は走りだした。
まだ見ぬ明日に向かって・・・。