俺は奴とアレクシス大佐のところへ来ている。
奴は大佐と別室で何やら話している様子だ。
誰かが来る。
俺は身構えた。
何が起こるのか、誰が敵で誰が味方か判らないからだ。
いや、俺に味方はもういない・・・。
入ってきたのは先ほど車を誘導していた兵だった。
「邪魔するよ。」
そう言って彼は俺の前に腰を掛けた。
ここは付き人の控室のようなことろだ。
小さなテーブルが幾つかと水を入れた容器だけが置いてある。
とても簡素な部屋だ。
「俺はマドックだ。アレクシス大佐の護衛をやっている、宜しくな。」
「ところであんたは?」
「奴・・・」
俺がそう言いかけた時、
「やつ・・・?」
マドックが怪訝そうな顔をした。
俺は慌てて言い直した。
「クレイグ大佐の側近、トライオードだ。」
「変わった名前だな。」
彼はそういいながら自分の分と俺の分の水を汲み俺の前に置いた。
「すまない、ありがとう。」
「初対面だが、楽に話させて貰うよ。」
「俺は堅苦しいのが苦手でね。」
「アレクシス大佐って物腰まで立派な軍人だろ?」
「そんな大佐の護衛を命じられるのは光栄なことだがな・・・。」
「ここだけの話だぞ、少しばかり・・・窮屈だ!」
そういうとマドックは笑い出した。
「大佐には内緒でな。」
気さくな奴だ。
常に緊張して生活している俺も少しばかり肩の力が抜けた。
マドックは悪い奴ではなさそうだ。
「それでよ、あんたさっきクレイグ大佐のこと、
[奴]って言いかけたろ?」
「いくら何でもあれはいけねえぜ。」
「大佐の近くに居られるってことは認められてるってことだ。」
「そんな人に奴はいけねぇ。」
「そりゃ戦争だから理不尽なことは色々あるさ。」
「それでもよ・・」
俺は話に割って入った。
「お前は何を知っている!」
「お前は俺の何を知っているっていうんだ!」
「お前は奴の何を知っているっていうんだ!」
「理不尽?笑わせるな!」
「何も知らないお前が俺にとやかく言うな!」
俺は立ち上がり、彼の胸倉を掴み、そして大声で怒鳴っていた。
「どうしたんだ?」
「その手を離してくれよ。」
「何だか判らないが俺が悪かったようだな。」
「気に障るようなことを言ったんだったら謝るよ。」
「だからその手を離してくれ。」
「俺が悪かったよ。」
「だけどこれだけは判ってくれ、悪気はなっかたんだ。」
俺は冷静になって彼を掴んでいた手を離した。
そしてコップの水を一気に飲み干し、席に着いた。
「すまない、マドック。」
「悪いのは俺だ。」
「お前じゃない。」
そうだ・・悪いのは全て俺だ。
仲間が死んだのも彼女が死んだのも。
ここで俺がこうしているのも。
悪いのは全て俺だ。
俺のせいで全てはこうなった。
「おい、どうした。」
「しっかりしろよ。」
「急に怒鳴ったり、落ち込んだり忙しい奴だな。」
「すまない、悪く思わないでくれ。」
「俺はトライオードだ。」
「何だい?自己紹介はさっき終わったぜ・・・」
少し間が空いた後に彼は俺の言葉の意味に気付いたようだ。
「ああ、『トライオード(真空管)』か!」
「解ったぜ!」
「お前にピッタリだな。」
部屋の空気が戻っていく。
「直ぐ頭に血が上って熱くなるのか。」
「トライオードとはよく言ったものだ。」
彼は笑い出した。
それにつられて俺も笑った。
・・・・俺が笑っている。
「だけどな、トライオード。」
「俺にも何にもないって訳じゃないんだぜ。」
笑っていたマドックの顔が曇った。
「大佐の傍にいると聞きたくないことも聞いちまう。」
「知りたくないこともあるのさ。」
「カロンのことか?」
「それもある。」
「俺はその事を知らないんだ。」
「知らない方がいいぜ。」
「いや、もし君が構わないなら教えてくれ。」
「側近なら言って良いこと悪いことの分別くらいはつくか。」
マドックはそう独り言を呟いて話し出した。
カロンはニクスと同盟を結んでいた。
もちろんニクスの鉱山という下心はあった。
その利権と引き換えに同盟を結んだ。
ヒドラのクーデターで若き指導者が誕生した。
その後、ヒドラのニクスへの侵略が本格的になった。
カロンは同盟国のニクスを守るために戦争に参加した。
だがあまりにも軍事的な力を付けたヒドラの前に
カロンの情勢はどんどん悪化していた。
俺もここまでは知っている。
マドックの話は続いた。
ヒドラの若き指導者は独裁者となり、
その力は大きくなるばかりだった。
カロンも敗戦が続くようになり、国民感情にも変化が現れた。
自国を守る為に何もしないニクスをカロンが
そうまでして守ることはないという感情が
カロン国内に一気に広がった。
そんな時だ。
ヒドラの独裁者はその戦果の功績から正式に国王となった。
そしてその国王はカロンにこう言ってきた。
『ニクスとの同盟を破棄し、我が国と同盟を結べ』
カロン国内に動揺が起こった。
カロンと手を組むということは、
無抵抗のニクスに手を上げるということだ。
何もしないニクスへの反感情はあったが、
さすがに無抵抗のニクスへの攻撃にカロンが
参加するとなれば話は別だ。
カロンは大きく揺れた。
煮え切らないカロンにヒドラは行動を起こした。
カロンとヒドラの国境に軍事基地の開発を始めたのだ。
カロン国王は決断した。
ニクスとの同盟を破棄し、ヒドラを同盟国とすることを。
その事が兵に伝わると意見は真っ二つに割れた。
兵の士気は下がり、除隊を願い出る者も現れた。
カロンはこれまで表向きは紳士の国として名を通していた。
ニクスと同盟を結んだのは、その時はヒドラの力が
今ほど巨大なものではなく、カロンより小さな兵力だった。
カロンに大きな被害はないと予想されていた。
だからカロンはニクスと同盟を結んだ。
兵士たちにとっては非武装宣言したニクス、すなわち
平和を愛する隣国を守ることは紳士の証明でもあった。
実はニクスの鉱山が目的だったが、兵には戦いの物資購入と
その兵力の維持に相当する対価としてニクスから提供がある。
そう聞かされたのだ。
けっしてカロンの利益のためではないと。
しかし敗戦が続き、国境に基地が完成すると
国王はこのまま有耶無耶にすることが出来なくなった。
そしてカロンはヒドラと同盟を結んだ。
平和を愛するニクスの為。
正義を貫くカロンの為。
その為にカロンの兵は戦っていた。
そんな国王を国民は心から愛していたのだ。
士気が下がり、除隊を希望する者が出るのも無理はない。
そんな時だった。
再びヒドラからカロンに要求があった。
『カロン国王女をヒドラ国王の妃に迎える。』
『これにより両国の同盟関係はより強固なものとなるだろう。』
いわゆる人質だ。
カロン国王は王女をヒドラに差し出した。
しかしヒドラの行動はこれだけでは無かった。
除隊を願い出た兵とその家族に手紙が向けられた。
同時にカロン国王から軍本部を通じて声明が発表された。
『国の方針に背く者は反逆罪とする。』
『反逆者とその家族は死刑とする。』
そして兵に逃げ場は無くなった。
あれほど紳士的なアレクシス大佐が
カロンの軍人のままでいる理由が判った。
彼にも守るべきものがある。
しかし、奴だけは許せない。
いくら上からの命令でやったことであったとしてもだ。
「俺は大佐もつらいと思うよ。」
「そんな大佐の役に少しでも立ちたいんだ、俺は。」
マドックが神妙は面持ちでそう語った。
「そうだったのか・・・。」
「ありがとう、マドック。話してくれて。」
俺の知らない間に起こった事が判った。
しかし俺は奴を許すことは出来ない。
自分を許すことが出来ないのと同じように・・・。