「先生!あいつらだ!」
ドアに向かう俺をロゼッタが行く手を阻んで制止した。
彼女の表情はいつになく厳しい。
ロゼッタは先客の男に目で合図を送った。
それを見た男は俺の所にやってきて、
俺の手を掴むと手の平をゆっくりと上下した。
どうやら俺に『しゃがめ』と言っているようだ。
俺は男に促され、腰を落としたまま腕を引っ張られて2階へ向かった。
それを確認したロゼッタは一呼吸おいて家のドアを開けた。
「だぁれ~、こんな朝早くからぁ。」
ロゼッタのとぼけた声が聞こえてきた。
「あんた達、この辺では見ない顔だねぇ。」
「俺たちはカロンの国から来た。」
「この村にいる腕利きの医者を探している。」
「探してどうするんだい?」
彼女の口調が変わっている。
「我々はここニクス国をヒドラの侵略から守っている。」
「知ってるよ。ありがたい話だねぇ。」
「村のみんなも恩に着てるよ。」
「村の人が言ってたよ。」
「カロンの方に足を向けて寝ちゃいけねえって。」
「ホントに恩に着てるんだから。」
口調が無茶苦茶だ。
「もう一度聞く。」
「この家に医者は居ないか。」
「正直に話した方が身のためだ。」
兵たちは彼女に詰め寄る。
「居るよ。」
彼女の意外な言葉に俺は驚いた。
「いや、正確には居た・・・だねぇ。」
「あたいが二十歳の時にあんた達が連れて行ったよ。」
今度は口調がやさぐれ始めた。
先客の男が小さく言った。
「頑張れロゼッタ。」
「ニクスの誇りを見せてやれ!」
どこか場違いな男だ。
「この家には他に誰が住んでいる?」
「あんた達があたいの両親を連れていってから、
あたいは一人ぼっちだよ。どうしてくれるんだい?」
彼女は更にやさぐれ出した。
「本当にお前が一人で住んでいるのか?」
「何回も言わせるな、そうだよ。」
「では、あれは何だ」
しまった!
兵士たちのいるドアから家の中が見えている。
「なぜ一人で住んでいるのにテーブルにカップが二つある。」
「答えろ!」
兵士たちは彼女に詰め寄った。
「昨夜の片づけが残っているんだ。」
「あたいは無精もんでね。」
「2つとも湯気が立っているのにか?」
彼女は言葉に詰まった。
「中に入らせて貰う。」
「お前の同意は必要ない。」
カチャ!
銃の音だ。
たぶんその銃は彼女に向けられている。
「おい!中を調べろ。」
上官の声だろう。
連れの兵に指示を出している。
兵士の足音がテーブルのある位置で止まった。
「やはり他に誰か居るようです!」
「私に嘘をついているな。」
「お前はニクスの人間だろう。」
「カロンの兵に嘘が言える立場か!」
「自分の置かれている立場をわきまえろ!」
ピシャン!
バタッ!!
下で彼女が倒れた音がした。
もう我慢ならない。
これ以上は俺が許さない。
そう思って立ちあがったその時だ。
先客の男が上着とズボンを脱いで立ちあがった。
「こんな時に何をしている!」
俺は小さく叫んだ。
そんなことなどお構いなしに男は下に降りて行った。
「おい!ロゼッタ!」
「何を朝から騒いでいるんだ!」
「昨日は遅かったんだ、もう少しゆっくり寝かせて・・。」
「おや?あんた達は昨日の軍人さんか?」
「お前は昨日の農夫だな。」
「お前の家は違うだろう。」
「こんな所でなにしてる!」
「こんな所で何してる?」
「おいおい、軍人さんよぉ。」
「野暮な事は聞いちゃいけねえよ。」
先客の男の声が聞こえてくる。
「俺が何しようと勝手だろ?」
「それに裸の男と若い女が早朝に二人でコーヒー飲んでんだ。」
「皆まで言わせるなよ。」
トントン。
軽い足音が聞こえてきた。
ロゼッタがゆっくりと立ち上がったようだ。
彼女の髪は程よく長い。
早朝の急な来客のせいでまだ軽装のままだ。
彼女のことだ。
ここぞとばかりにわざと乱れた格好で立っているに違いない。
「これで判ったかい?」
「あたいはこの男と[寝て]たんだよ。」
「なぜそう言わなかった。」
兵が問い詰める。
「ハァ?なぜそう言わなかったと言ったのかい?」
「女の口から言えるかよ。」
「馬鹿も休み休み言えってんだ。」
彼女が吐き捨てるように言った。
「あんた達があたいを一人にしたんだ。」
「若い女がいつまで一人で帰らぬ両親を待ちゃいいんだい?」
「あたいも生きてかなきゃならないんだよ!」
「金で男と寝て何が悪いってんだ、くそったれ。」
もう無茶苦茶だ。
三文芝居にもなりゃしない。
聞いててハラハラするやら情けなくなってくるやら。
「わかったらもう帰っとくれ。」
「あたいは疲れているんだ。」
トントンと腰のあたりを叩く音がする。
そこまでするか?
「邪魔したな。」
兵はそう言って家から出て行こうとした。
そこに調子に乗った先客の男が兵士に向かってこう叫んだ。
「おい!母ちゃんには内緒にしといてくれよ!」
「頼んだよ!」
兵士たちは何も言わずにこの家から立ち去った。
どうやらこの場は凌いだようだ。
俺は2階の窓から身を屈めて兵士たちの後ろ姿を確認した。
その時だった。
上官と思われる男が後ろを振り返ってこっちを見た。
俺は慌て腰を落とす。
さすがは上官だ。
あなどれない。
彼は後ろを振り返って辺りを見回している様子だ。
俺は腰を落としたままカーテンの隙間からそれを覗いた。
もう夜は明けている。
太陽も登っている。
このカーテンに隠れている俺の影はあの兵達には見えない。
そう思った矢先だ。
上官が俺のいる2階に向かって発砲してきた。
パァン!パァン!パァン!
山に銃声が木霊する。
何発撃ったのか判らなかった。
銃弾が俺の目の前を横切った。
「何すんだい!」
彼女は怒って兵士に怒鳴っている。
「悪く思うな。」
「俺達は2階を確認していない。」
「お前らの状況は察したが、全てを信じた訳ではない。」
「念の為だ。」
「修理代は払わないが悪く思うな。」
「お前の減らず口がもたらした結果だと思え。」
そう言うともう1発こっちに向かって打ってきた。
咄嗟に身を屈めたが遅かった。
「うぐぅ!!」
それは俺の腕に命中した。
「また会おう!」
そう言い残して今度は本当に立ち去った。
また会おう?
どういう意味だ?
俺は思い出した。
あれは声はクレイグ大佐だ。
生きていたのか。
アベルも生きているのか?
大佐は俺の顔を知っている。
もしかしたら俺は大佐に顔を見られたかも知れない。
だから俺に向けて銃を撃った。
そう考えると、言葉の意味と発砲につじつまが合う。
バタバタバタ!
ロゼッタと男が2階に駆け寄ってきた。
「大丈夫、先生?」
「血が出てるじゃない!」
「早くこっちに来て!」
彼女は俺に薬草を塗布した包帯を巻いてくれている。
俺は苦笑いを浮かべた。
「包帯の巻き方も随分と巧くなったな。」
「それにさっきの猿芝居もなかなかのものだったぞ。」
「痛ッ!」
彼女が急に包帯を強く巻いたのだ。
彼女の顔が赤い。
「まるで女トライオードだな。」
俺は笑った。
「痛ッ!」
再び包帯がキツく巻かれた。
「おい、無茶すんな。」
「それと、すまない。助かった。礼を言うよ。」
俺は男に頭を下げた。
「先生、頭を上げてくれよ。」
「俺たちゃまだ先生に何にも返しちゃいねえよ。」
「ロゼッタ、どこも怪我してないか?」
「どこか痛む所はないか?」
「先生、私は大丈夫だから。」
ありがとう。その気持ちだけで俺はもう十分だ。
次の日、村に立て札が立てられていた。