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第9話 沈黙の革命

俺たちカロンの兵はヒドラが占領する
ニクスの東の街へ向かって行進を続けている。

俺たちは夕暮れを待たずに野営ポイントに到着した。

予定より早い到着に兵の表情も幾分か明るい。
昨夜の件で亡霊の行進の様な隊の進行は、
昼食の休憩からは覇気を取り戻していた。

誰も昨夜の光景を口にするものはいない。
どうやら隊長の読みは当たったようだ。

いつまでも振り返っていては
戦場でまとも神経を維持できないのであろう。

テントの設置も終り、夕食の準備が整い始めた頃、
西の方角にぼんやりと揺れる灯りが見える。

どうやらこちらに近づいているようだ。

隊長は皆に武装し火を消すように命じた。

キャンプに緊張がはしる。

揺れる灯りは尚もこちらに近づいてくる。
隊長は数名の偵察兵を灯りの方向に派遣した。

アベルは隊長と何やら目で合図を確認し、
数人の兵とキャンプを離れて灯りの方向に走った。

あの灯りがもし敵のものであるなら、
野営地の手前で一戦を迎える段取りなのだろう。

なるほど、こういう時のアベルは頼もしい。
率先して行動する姿は兵に好かれるはずだ。

そしてこの小隊の隊長とは折り合いも良いようだ。

そういえばクレイグ大佐を見ない。
彼はどこにいるのか。

灯りが止まった。

キャンプに再び緊張感が漂う。

灯りが点滅を始めた。
何かの合図だろうか。

隊長は静かにその灯りをじっと見つめている。

「大丈夫だ、あれは味方だ。」

そう告げると周囲から安堵の声があがる。

「なんでい、ビックリさせやがって。」

誰かがそう呟いた。

戦場で生きるということはこうも神経を衰弱するものなのだろうか。
俺は何もしていないが嫌な汗と疲労感に包まれている。

程なくして偵察兵とアベル達が帰ってきた。

灯りの正体はこれから合流する隊から来た兵らしい。
伝達兵は隊長のテントで何やら話しているようだ。

キャンプでは夕食の準備が再開した。

隊長がテントから出てきた。

どうやらこれから合流する隊の進行方向の先には
ヒドラの偵察キャンプがあるらしい。

敵の偵察キャンプの兵の数は凡そ500。

俺たちの隊が200。
これから合流する隊も100程度の小さな隊だ。

それぞれ単独の隊では勝ち目はない。
そこで予定を変更してこの地で合流するというのだ。

合流後にヒドラの偵察キャンプを攻めるらしい。
それでも300対500と数では俺たちの分が悪い。

それでも引き返すことが出来ないのが戦争なのだろう。

キャンプでは夕食が始まっている。

伝達兵の話しによるとカロンのお偉いさんは
一旦国に戻ったらしい。

それでここ数日クレイグ大佐を見かけなかったのか。

噂によるとヒドラの国で内戦があった。
内戦というよりはクーデターといった意味合いだ。

そのクーデターでヒドラの総統が暗殺され、
新しく若き指導者が誕生した。

どうやらその新しい指導者になってから、
ニクスへの侵略が本格的に始まったらしい。

その指導者は軍部の最高幹部の一人で、
総統の手ぬるいニクスへの進行に、
予てより苛立ちを感じていたらしい。

若くして軍の最高幹部に抜擢されたということは、
戦場で相当の手柄を立てたということだ。

その気性については想像に易い。

血気盛んな若き指導者がしびれをきらし
クーデターを起こしたという訳か。

しかし伝達兵の話しによると、
実際はヒドラ軍部内では前々より充分な根回しが行なわれており、
その計画どおりに暗殺が実行されたというのだ。

粛々と。

そして確実に。

静寂と沈黙の中でヒドラは武装国家へ変わっていった。

その暗殺計画が緻密であったことで、
ヒドラ国内の民ですらクーデターが
行なわれたことを知る者は少ないという。

総統は病に倒れ急逝した。
カロンの軍事力に対抗するためヒドラも軍事力を強化する必要があった。
そこで次期総統は軍の最高幹部の一人から若きエリートが選出された。

多くのヒドラの民はこう聞かされているらしい。

このクーデターについての情報があまりに少なかったため、
カロン本国でもクーデターのことを知ったのは最近だという。

「沈黙の革命」

このクーデターは諸国よりそう呼ばれているらしい。

今頃クレイグ大佐はカロン本国で
ヒドラに対しての国策を協議しているのだろう。

伝達兵とはいえ流石はカロン軍事部情報局の人間だ。
遠征に出ていてもその情報量には驚かされる。

その兵によれば順調に行進が進めば、
明後日にはこの地で合流できるというのだ。

俺たちはこの地でそれを待つことになった。

そして数日後にはヒドラの偵察キャンプをアタックすることになる。

若き指導者は何を想いそしてどこを目指しているのだろうか。
これまでの経験上、孤立した国は更に武力を強化する。

頑ななまでに。

経験上?
記憶の無い俺がか。

俺はいったいどこから来たのだろうか。

もう考えるのはよそう。
答えなど見つからないのかもしれないのだから。

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