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第29話 策士の駆け引き

あの悪趣味な平原の宮殿での生活がまた始まった。

奴は・・・。
いや、大佐はわざとこんな宮殿を建てたのだろうか。

宮殿内でのあの振る舞いも。
すべて執事という名の監視員の目を欺くためなのか。

俺は大佐という人間がわからない。

もしかするとあの二人の大佐の方こそ
彼に騙されているのではとさえ感じてしまう。

全てを聞いた今でも俺には彼がわからない。

それほどこの宮殿の彼は彼ではないのだ。

「大佐!」

彼の所に兵が駆け寄ってきた。

「報告します!」
「東に数刻の距離にある村のことであります!」

「言ってみろ。」

「我が軍の呼びかけに反対姿勢を崩しません!」

「そうか・・・。」
「次で最後通告だ。」

「我が軍への協力に応じなければ・・・。」
「構わん、焼き払へ。」
「女子供にも容赦はするな。」

「大佐!お言葉ではありますが・・・。」

兵が躊躇っている。

「お言葉ではありますが!」
「そのような事が続けば他の村でも我が軍への反感情が高まり、
協力に応じない村が増えてくるのではないでしょうか!」

「君、名を何という?」

「アドニスであります!」

彼は再敬礼した。

「アドニス君。」

「ハイ!大佐!」

「君は私に進言できる立場なのかい?」
「君にも家族がいるだろう。」

「不要なことを言うものではない。」

「ハッ!誠に申し訳ありませんでした、大佐。」
「以後、慎みますゆえ、何卒!」

「分かった、不問にする。」
「次から気を付けろ。」

「いいか、通告から3日待て。」
「3日目までに応じなければ・・・構わん、全て焼き払え。」

「ニクスの村など、いくつ消えても構わん。」
「この大地と鉱山だけが残ればそれで良いのだ。」

「その他のものは我が軍に必要ない。」

「村を焼き払う仕事はマットにやってもらう。」
「報告に感謝する、君は下がってよい。」
「それとマットに私の所に来るように伝えてくれ。」

「ハッ!失礼します。」

そう言うとアドニスは部屋を出て行った。」

うすら笑いを浮かべながら村を焼き払えという彼の顔に
あの日の大佐の面影はない。

執事は部屋の入り口に立ち、用を待っている。

主人と執事という関係ではありふれた光景だが、
なるほど大佐を監視するには丁度よい関係なのだ。

「大佐!入ります。」

「マットか、入れ。」

「大佐!何か御用で!」

「ああ、君にまた頼みたいことがあってな。」
「東の村を一つ消して欲しいのだ。」

「して、方法はどのようになさいますか。」

「いつものように焼き払え。」
「血肉、骨の1本も残すな。」

「我が軍に反抗するものに情けは要らぬ。」

「ハッ!」

「最後通告から3日目に実施する。」

「それまでに準備を整えておけ。」

そういうと大佐はイスの角度を少し変えて
膝を組み、タバコに火を付けた。

俺には見えた。
大佐は目で何かのサインをマットに送った。

執事には大佐の背中しか見えていない。

マットは表情を変えない。

俺は理解した。

俺のいたニクスの村の時も同じやりとりだったのだろう。
大佐は通告から猶予を設けて焼き払うよう指示を出している。

その間にマットが逃がしているのだろう。
焼きはう班がマットなので報告は何とでもなるのだ。

それに大佐の指示は骨も残さず焼き払えという残忍な指示だ。
あえて残忍な言葉でカモフラージュしているのだろう。

マットが部屋を出て行った。

突然と大佐が声を上げて笑い出した。

「他の村にもいい見せしめになるだろう。」

「トライオード、そうは思わんか?」

俺は無言で視線をそらした。

大佐はまた笑いだした。

執事が席を外した。
誰かに報告に行ったようだ。

こうして大佐の行動はヒドラに伝わっているのだろう。

執事のいなくなった部屋で大佐は無言で俺を見た。
大佐は何も言わなかったが口元が少しだけ動いた。

大佐が呼び鈴を鳴らした。

オスニエルが戻ってきた。

「オスニエル今日は平和だな。」

「はい、クレイグ様。」

「俺は少しばかり退屈だ。」
「狩りに出るので準備をするように言ってくれ。」

「かしこまりました。」

オスニエルは部屋を出て行った。

しばらくすると数名の兵が部屋に入ってきた。
オスニエルもだ。

「クレイグ様、お付きの兵を用意致しました。」
「気を付けて行ってらっしゃいませ。」

「ああ、留守は頼んだぞ。」

そう言うと大佐は席を立った。

その時だった。

パァン!

乾いた銃声が部屋に木霊する。

何が起こった!

周りを見るとオスニエルが頭から血を流して倒れている。

そして兵が銃を構えている。

撃ったのは誰だ。

・・・・大佐だった。

大佐の銃口からだけ煙が上がっているのだ。

緊張した空気に包まれている。

誰も動こうとはしない。

俺は身を屈めて様子を伺っていた。

幸い俺に銃口は向けられていない。

兵の銃口は全て大佐に向けられていた。

狩りの付き人も大佐の監視員だったのか。

その時だった。

パァン!パァン!

乾いた銃声が響き、ドアが蹴り開けられた。

誰かが入ってきた。

マットだった。

「少し遅いんじゃないか?」

大佐が言った。

「そう言うな大佐、これでも急いだ方だ。」

「そうか。」

パァン!パァン!

パァン!パァン!

撃ち合いが始まった。

相手の兵は次々と倒れていく。

大佐の腕から床に血が落ちている。

彼も撃たれたのだろう。

一人の兵が逃げ出した。

「マット、奴を追え!」
「報告させるんじゃない!」

「わかってる!」

マットは兵を追った。

残されたのは漢の大きな兵と大佐。

そして俺だ。

俺は医者だということもあってか、

全く相手にされていない。

丸腰でもあるので後でいくらでも殺せるということか。

パァン!

銃声が響いた。

カン!カン!カン!

相手の兵は焦っている。
どうやら弾が切れたようだ。

どうして大佐は銃を撃たない?

大佐はやれやれという顔で銃をクルクルと指で回している。

どうやら大佐の銃は既に弾切れだったようだ。

それを知って相手に銃口を向けていた。

掛け駆け引きをしていたのだ。

それを悟った相手の兵は銃を捨て大佐に駆け寄った。

取っ組み合いが始まった。

大佐は大柄ではない。

分が悪いようにも思えたがさすがは大佐という階級の持ち主だ。
肉弾戦となっても大柄で屈強そうに見える兵士と互角に戦っている。

しかし、時間が経過するごとに大佐の体力が落ちてきた。
大佐は殴る回数より殴られる回数の方が多くなってきた。

その時だった。

大佐は足元に転がっている自分の銃を俺の方に向けて蹴り出した。

「トライオード!」

大佐が叫ぶ。

俺がそのことを理解するには少し時間が掛かった。

大佐の銃は弾が切れているんじゃないのか?

これも計算の内か。

もしあの時、大佐が銃を撃って外れた場合。
その後は肉弾戦となる。

そうなれば大佐の分が悪い。

今の状況だ。

その時は俺を使う予定だったのか?

だが俺は兵士では無い。

銃の訓練など受けたことはない。

取っ組み合っている兵士に当たるのか?
いや、それよりなにより大佐に当たってしまうのではないか。

俺は銃を二人に向けたまま固まっていた。

相手の兵はこっちを見たが大して気にしていない様子だ。

この状況で俺は撃てない。
撃ったとしても当たるハズがないと思っているのだろう。

俺もそう思う。

「大佐!」

俺は叫んだ。

「撃て!トライオード。」

「しかし!」

「構わん、お前を信じている!」

次の瞬間、俺は銃爪を引いた。

パァン!

銃声が響く。
大佐の銃にまだ弾は残っていた。

二人の男が同時に倒れた。

鈍い音が部屋に響く。

大佐は相手の兵の下敷きになっている格好だ。

ゆっくりと床に血がにじみ出す。

どっちに当たった。

相手の兵か。

それとも大佐に当たったのか。

俺は・・・どっちを撃った?

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