俺は側近として奴の少し後ろに立っている。
断ればニクスの村がまた一つ消えることになる。
俺は奴の側近になることを自ら選んだ。
そして俺は奴の後ろにいる。
殺そうと思えばいつでも殺れる距離だ。
でも今はまだ奴を殺すわけにはいかない。
何故、カロンはヒドラを手を組んだ。
それを知るまでは。
そして奴のこの宮殿での生活が数ヶ月も続いている。
「トライオード。」
「はい。」
奴が俺を呼び、俺が答える。
「これから少しここを離れて遠征に出る。」
「私が怪我をしたときの為に、手当の準備をして部屋で待ちなさい。」
「はい。」
俺は小さく返事をすると部屋に戻って支度を始めた。
コン、コン
部屋をノックする音が聞こえた。
「誰だ。」
「オスニエルです。」
部屋の外で声がする。
オスニエルは奴の執事だ。
いったい何の用だというのだ。
「入ってくれ。」
俺はそう答えた。
「トライオード様、御支度の準備が出来ましたか。」
「ああ、今終わったところだ。」
「ではわたくしが車に積んでおきましょう。」
「この大きなバッグで良いのですか?」
「ああそうだ。」
「トライオード様も色々と大変でしょうが、
御国に使える為に頑張ってください。」
「国民は軍人の皆さまを自らの誇りの様に思っております。」
「国民の心を踏みにじるような行動は断じていけませぬぞ。」
そう俺に告げるとオスニエルはバッグを抱えて出て行った。
このオスニエルという男が俺には解らない。
この男の言ったことに間違いはない。
国の為に命を捧げる兵士を尊敬し、誇りに思っている国民。
その国民の気持ちに答えようと襟を正す軍人。
オスニエルの言う事は間違っていない。
間違ってはいないが間違っているのだ。
彼は奴の執事で側近の一人だ。
彼は紳士であり、感情を表に出さない。
彼の話すことは全て正しいように聞こえる。
彼は誰に対してもいつも丁寧だ。
宮殿のシェフはもとよりその調理人に対しても。
部屋の掃除をするもの、運転手の兵。
自分より下に位置する全ての者を公平に扱っている。
そして彼は教養もあり、英知に富んでいる。
彼のことを本物の紳士というのだろう。
そんな彼が御国のためと奴のいうことを利いている。
彼は全て知って全て納得してそれを行なっているのだろうか。
俺にはオスニエルが全く理解できない。
彼ほどの男が何故?
そんな時だった。
オスニエルが戻ってきた。
「トライオード様、オスニエルです。失礼します。」
彼はそう言うと部屋に入ってきた。
「トライオード様、クレイグ様がお呼びです。」
「わかった、直ぐ行くと伝えてくれ。」
「かしこまりました。」
そういうと彼は部屋を出て行った。
出発の時のようだ。
俺は奴の車を運転して、奴の言う方向に向かう。
奴は俺の後ろ。
今度は奴が俺を殺そうと思えばいつでも殺せる。
「トライオード、宮殿での生活はどうだ。」
・・・・?
俺は少し戸惑った。
気のせいか宮殿での口調と少し違って聞こえたからだ。
その時、車が石を轢いて少し揺れた。
少し時間を置いて奴は言った。
「気をつけろ。」
俺は無言でいた。
「もうすぐ目的の場所に着く。」
「別隊の大佐と会議があるので、お前は別室で待機しておけ。」
「はい。」
また車が揺れた。
「何度も言わすな、気をつけろ。」
「申し訳ありません。」
何かこの会話に違和感を覚えたが深くは考えなかった。
程なく目的地に到着した。
ニクスの平原に不似合いな立派な建物だ。
中から誰か出てきた。
兵が車の俺たちに敬礼した。
「お待ちしておりました、クレイグ大佐!」
彼はそういうと俺達の車を誘導した。
車を降りるように目で合図され俺達は車を降りる。
「こちらです!」
俺は彼と奴の後ろを歩いた。
向こうから誰か歩いてくる。
立派な服を着た軍人だ。
それだけでも彼の階級の高さが判る。
「道中疲れたろう、クレイグ大佐。」
彼は奴ととても親しいようだ。
「申し訳ないが、これからすぐに話をしたい。」
「荷物を置いたら大広間に来てくれ。」
「ああ、わかった。」
奴が答える。
「ところでこちらの方とは初めて会うのかな?」
彼は俺の前まで足を進める。
「私はアレクシス大佐だ。宜しく頼む。」
そういうと彼は手袋を外して手を差し出した。
私はその手に自分の手を合わせる。
「トライオードです。」
「おお、君がトライオードか。」
「俺の・・・」
アクレシス大佐の紳士な対応に俺は言葉を選んだ。
「私のことをご存知で?」
「やめろ、トライオード。」
「君が軽々しく話して良い相手ではない。」
奴が言った。
「そう言うなクレイグ大佐。」
「ここでは堅苦しいことはなしだ。」
「君の事は前にクレイグ大佐から聞いたことがある。」
大佐は少し間を置いた。
「敵の兵も治療する御人好しの軍医がいるってな。」
彼は突然と笑い出した。
しかし嫌味な笑いかたではない。
俺のことが心底可笑しいようだ。
「その後行方不明になっていると聞いていたが。」
「そうか、君がドクター・トライオード君か」
「見つかって良かったな、クレイグ大佐」
見つかって良かった?
俺がか?
奴は俺のことを嫌っている。
いや、殺したいと思っているはずだ。
なら何故、俺を側近にした?
理解出来ないことが続いている。
カロンは何故、ニクスを捨てヒドラと同盟した?
奴は俺をいったいどうしたいと考えている?
考えれば考える程、俺の頭は混乱していく。
俺はもう・・・何もかもに疲れた。