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第15話 純白の白衣

「・・・セイ。」

「・・ンセイ。」

「先生!トライオード先生!」

「ロゼッタ?」

ロゼッタが俺を激しく揺さぶっている。

「ここは・・・どこだ?」

「大丈夫・・・ですか?」

俺の真似をしているようだ。

「ここはニクスの村。そしてここはロゼッタのお家。」

「あなたは名医 ドクター トライオードだぁ~。」

いつもの不毛な会話だ。
君のお陰で現実に戻ったよ。

「どうしたんだ?」

「どうしたんだじゃないですよ」
「私が眠っていたら先生のお部屋から声が聞こえてきて。」

「泥棒さんでも来たのかと思いましたよ。」

「でもよく聞いたら先生の声でしょ。」
「気になって来たんですぅ。」

「そしたら先生、すまない!すまない!って。」
「誰かに必死に誤ってた。」

夢だったのか。

「俺は他に何か言ってなかったか。」

「う~ん・・・そうだ!」

「先生、アデルはどこだ!って叫んでた。」

ああ、アベルのことだな。

「他には。」

「他には・・・・。」
「酷くうなされてたから何言っているのか聞き取れなかった。」

「そうか。」

「すまない、ロゼッタ。今何時だ。」

「先生また『すまない』って言ってるぅ~。」

ロゼッタは笑っている。

「いまは3時を過ぎた頃よ。」

「そうか。」

「夜なかに起こして悪かったな。」
「もう寝てくれて構わない。」

「こんな夜中に起こされて直ぐ寝れる訳ないでしょ。」

「すまない。」

「すまない、すまないって何回いうのよ。」

死んだ仲間が俺のことを許してくれるまでだ。
俺は心の中でそう呟いた。

「これからコーイー入れるけど先生も飲む?」
「酷くうなされてたから直ぐに寝れないでしょ。」
「汗もいっぱいかいているようだし、着替えたら降りてきてね。」

彼女はそう言って階段を降りていった。

しばらくすると良い香りがしてきた。

俺は下に降りてテーブルについた。

「はい先生、コーイー出来たわよ。」

ロゼッタ・・・・これはコーヒーだ。

二人は無言でコーヒーを飲んでいる。
タンポポで作ったロゼッタ特製のコーヒーだ。

「ロゼッタ、俺の記憶が無いことは知っているな。」

「もちろん。」
「先生の口が悪い事も知っているわよ。」

相変わらず一言多い。

「まあいい。」

「今更だが、俺はどうしてここに居る。」
「気が付いたらこの家のベッドに寝ていた。」

「どうやってここまで来たかを覚えていないんだ。」

「そうだったの。」
「てっきり照れくさくて何も聞かないのかと思ったわ。」

ロゼッタの口調が変わった。

彼女は真面目な話をする時、患者の介抱をする時は急に普通になる。

「俺が照れくさいってどういうことだ?」

彼女は俺がここに来た経緯(いきさつ)を話してくれた。

ロゼッタの話によると、俺は川の岸辺に倒れていたらしい。
村人がそれを発見してロゼッタに知らせた。

何故ロゼッタに知らせたかというと、
昔、この家にはロゼッタとその家族が住んでいた。

ロゼッタの両親はこの村で医者をしていたという。

だからロゼッタは薬草の扱いに明るいのか。

だが、ロゼッタが成人を迎える頃、
カロンから一人の使者がロゼッタの家にやってきた。

軍医が足りないから来てほしいというのだ。

カロンはニクスの為に戦っているので、
ロゼッタの両親は断る事ができなかった。

ロゼッタの父は医者であり、母はその助手をしていた。

そして彼女の両親はロゼッタ一人を残して
カロンの軍に加わったというのだ。

彼女の両親も若き娘を戦地に連れて行く訳にもいかず、
苦渋の選択でロゼッタを一人この家に残したのだろう。

両親が出兵したあとも、彼女は医者の娘として
村人の看病を行なっていたらしい。

そこで村人は行き倒れた俺を彼女に預けたというのだ。

「その時、先生は肩と足に銃弾を受けていたわ。」
「体温も下がっているし、出血も酷くて・・・。」

「一時はどうなる事かと思ったわ。」

そうだったのか。
あの時、俺は死ねなかったのか。

・・・エノーラ。
君にはまだ会えないようだ。

「先生は3ヶ月も目を覚まさなかったの。」

「3ヶ月が過ぎた頃の夜・・・。」

「どうした?」

「ちょうど今くらいの時間ね。」

「先生の部屋から声が聞こえるの。」

「すまない、すまないって。」
「先生、酷く泣いていたわ。」

思い出した。
そこから今日までの事は覚えている。

「ありがとう、ロゼッタ。」
「君は俺の命の恩人なんだな。」

複雑な気持ちだった。

「ありがとう。」

俺がそう言った時だった。
ロゼッタが元に戻った。

「へへ~ん、私に感謝してよ~。」

「照れくさいって言っていたのは俺が泣いていたからか。」

「ちがう、ちがう。」

「じゃあ何でだ?」

「聞く?それを乙女に聞く?」

「それはどういうことだ?」

「先生ってば3ヶ月も目を覚まさなかったのよ。」

その時俺は始めて悟った。

「その先はもうい・・。」そう言おうとしたが遅かった・・・。
彼女は既に話し始めていた。

「私が先生の下の世話をしてあ・げ・た・の。」

俺の顔は真っ赤になった。

「なるほど、トライードね。」

彼女は俺のあだ名の意味を知ったらしい。

「しかしだな、ロゼッタ・・・。」

俺は弁解をする。

「昏睡状態において人はそれほど用を足すものじゃない。」
「それに俺は眠っている間に何も食べていない・・・。」

そこで俺は気付いた。
俺は3ヶ月も飲まず食わずでどうやって生きていた?

俺の顔色を見てロゼッタは俺がいま、
何を考えているのか判ったのだろう。

彼女はニコニコしながらこう言った。

「ワ・タ・シ。」

指で自分の口を指している。

今、俺はどんな顔をしている?
この部屋に鏡が無いことに感謝した。

「うら若き乙女のファーストキスよ。感謝しなさい。」

墓穴を掘るとはこのことだろう。
戦場で死にきれなかった俺がこんなところで墓穴を掘っている。

仲間の笑い声が聞こえるようだ。

気を取り直してロゼッタに聞いた。

「俺がここに居る経緯はわかった。」
「それで、今、君の両親はどうしてるんだ。」

彼女の表情が曇った。

どうやら俺はまた墓穴を掘ったようだった。

「知らない・・・。」

「知らない?」

「そう、もう何年も連絡が来ないわ。」
「カロンの国からも何の報告もない。」

「生きてるのか死んでるのかさえ私は知らないわ。」

「そうだったのか、すまない。嫌なことを思い出させたな。」

「先生、また『すまない』って言った~。」
「何回すまないって言うつもり?」

「でも、もういいの。」

「ニクスの国を守るために大勢のカロンの兵が死んでいるわ。」
「そのくらい私だってしっているわよ。」

「だから・・・ニクスの民である私にはこれ以上何もいえないの・・。」

泣いているのか?

「俺は自分がどこの国の人間かも知らない。」
「カロンの軍医として仲間と共に戦ってきた。」

「君のご両親もきっと大丈夫だ。」

「俺も死にかけたが君のお陰でこうして生きている。」

「大丈夫、心配するな。」

俺の言葉なんて何の気休めにもならないだろう。
既に数年ものあいだ彼女の両親は音信不通なのだ。
あの戦況のなかだ、どう考えても希望は持てない。

それでも俺はこう言うしかない。

「大丈夫だ。」

「先生、優しいのね。」

「私は大丈夫よ。一人でもちゃんと生きてゆけるから。」

俺は言葉が続かなかった。

そろそろ夜が明ける頃だ。
小鳥のさえずりも聞こえてくる。

ロゼッタが聞いてきた。

「先生も行くの?」

「どこへだ。」

「先生は村で評判よ・・・・口が悪いって。」

彼女は笑っていた。

「うそ、うそ。怒らないでね。」

「君は私の命の恩人だ。そんなことで怒らない。」

「へぇ~そうなんだ。」
「人って変わるものね。」

「先生は腕の良い医者だって評判なの。」

「そうか。」

「村のみんなも感謝してるわ。」
「お父さんたちがいなくなって、
この村には医者がいなかったんだから。」

「評判はすぐにカロンに届くわ。」
「そうすればお父さんの時みたいに・・・。」

「先生は名医だからスカウトに来るわよ。」

「そうしたら・・・そうしたら先生も行くの?」

その後に続く言葉は多分こうだろう。

『先生も行くの?私をおいて。』

俺は何も言えなかった。

彼女の言うとおりだ。
カロンから軍医の誘いは必ずくるだろう。

そう遠くない先に。

もしかするとそれは明日かもしれない。

「はい!お終い。」

突然、彼女が空気を割った。

「そろそろ患者さんが来るわよ。」

「先生も用意して。」

彼女が白衣を投げた。

それはとても白い白衣だった。

眩しいくらいに・・・。

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