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第5話 小さな国葬

いつの間にか深い眠りについていたようだ。
闇は既に明けいつもの朝日が昇っている。

何日目だ・・・、今の俺になって。

そんな事を思っていると傷ついた兵士が帰還してきた。

「大佐! 大佐!」

彼は酷く傷つき、そして叫んでいる。
その緊迫感に満ちた声を聞いてテントから大勢の兵が出てきた。

「どうした!何があった!」

名を知らぬ兵が彼に問いかける。

「大佐に報告がある!まずはそれからだ!」

機密な情報であろうか、彼は一般兵には何も話さなかった。
そこに大佐がやってきて、彼を自分のテントに招き入れた。

数時間が経ったであろうか。
俺は大佐にテントに来るようにと呼ばれた。

「トライオード。彼に手当をしてやってくれ。」

今更かとは思ったが横たわる彼には手当が必要だ。

「大丈夫か。」

反応は無い。

「おい!しっかりしろ!」

やはり反応は無い。
自然と指先が頸動脈の辺りを探っている。

脈がない。

「大佐、彼は既に死んでいるようだ。」
「もう少し早く・・・」

大佐が割って入る。

「そうか、彼も本望だろう。」

・・・・・?

本望?国のお役に立てて死ねて彼は本望だと言うことか。
激しい違和感と感情の高ぶりを覚えたが、大佐はまだ何かを言っている。

「 &%$#@&%@&#%%$#$@@&#% 」

わからない。
大佐が何を言っているのか判らないのだ。

聞いたことがない言葉でもその意味は自然と頭の中に浮かんでいた。
そう、頭の中で翻訳されているように。

そして俺が話すときは喋ろうと思ったことが自然と口からでていたのだ。

それなのに今は大佐が何を言っているのかわからない。
感情が高ぶると理解できなるなるのか。

少し落ち着こう。

「・・・オード。・・・している。早く・・・・。」

俺はそれを注意深く聞いた。

「トライオード、何をしている。早く始末しろと言ったのだ。」

・・・始末。
死んだ兵はもはや部下ではないというのか。

まただ。
大佐が何を言っているのかわからない。

どうやら感情が高ぶると俺は言葉を理解できないようだ。

しかたなく彼を背中に抱え、大佐のテントを後にする。
外では少し距離を置いて兵たちがこちらの様子を伺っている。

アベルが近づいてきた。

「おいお前。そいつをよこせ。」

「彼をどうする気だ。」

「まさか喰いやしねぇよ。」
「そいつは天涯孤独の身だ。俺が弔ってやらなくて誰が弔うっていうんだ。」

アベルは静かに背中の彼を引き取ると、
数人の兵とで森の中へ消えていった。

「おい、あいつ。まさが燃やしやしねぇよな。」

誰かが言う。

「まさか。いくらあいつでもそれはないだろう。」
「敵に居所を教えるようなものだ。」

この国の兵士はわからない。
団結しているように見えて実はバラバラだ。

昨日はアベルのことを軽蔑したが、今日のアベルは誇らしくさえ見える。

ダンが言っていた。
アベルは実は良い奴だと、そして損な奴だとも。

俺もダンの意見に賛成だ。

死んだら部下とも思わない大佐や
弔らおうともしない他の兵に比べるとアベルはとても人間らしい。

喜怒哀楽の激しいアベルこそ本当の人間なのかもしれないな。

「おい!みんな中央の広場に集まれ!」
「大佐から招集が掛かった。」

「アベル達はどうする?」

「知るか!ほっとけ!」

そんな兵たちのやり取りを聞いていると俺は妙に納得した。

ジョンが釣りの時に言っていた。
カロンも昔、ニクスを侵略しようとしていた。

今の敵はヒドラだが、カロンも実は変わりはしない。
自分さえ良ければそれで良いのだ。

こう言うとジョンは怒るだろうが。

武力で守ることと引き換えにニクスの鉱山の利権を得る事も
武力で進出し、ニクスの鉱山を得ようとするヒドラも
方法論が違うだけで自分の利益しか考えていないことは同じだ。

放牧の民でありながら豊かな資源を持ってしまったニクスの悲劇。

ニクスの人々はこの状況をどう思っているのだろう。

例えどう思っても、武力を持たないニクスの民には
どうすることも出来ないか。

既にキャンプ中央の広場には兵たちが集まっていた。

大佐が何か言っているようだ。

「ヒドラの兵は我々の進行を回避するため東に進路を取った。」

「東に位置したニクスの幾つかの町は既にヒドラの兵によって
占領されているようだ。小さな集落は焼き払われたと聞く。」

「この残虐極まりないヒドラの侵略を我々は断固として
阻止しなければならない。同盟国の叫びに耳を傾けるのだ!」

同盟国の為?
利権に色づいたお偉いさんの為の間違いじゃないのか。

死んだ部下も弔わず、同盟国の叫びを説くか。

「ヒドラの侵略を許すまい!自らの命を以て同盟国を守るのだ!」

普通に聞けば正義に満ちた誇り高き軍人の叫びだ。
その旗には使命に満ちた多くの若者が集まるだろう。

だか、私は知ってしまった。
いや、ここにいる兵も知っているのだろう。

何かが間違っていることを。

ただ、大義名分が欲しいのだ。
迷わず人を殺せるだけの大義名分が。

心の拠り所が欲しいのだ。
殺人鬼ではなく兵士として生きるための。

そこへアベル達が帰ってきた。

「アベル、あの兵はどうした。」

大佐が彼に聞く。

「彼は優秀な兵だ。国の為に死んだ。」
「カロンの為、ニクスの為に働いて死んだ。」
「それに相応しい弔いをしてやったまでだ。」

「御苦労。」

大佐はそう告げると演題から降りてアベルの肩を叩いた。

アベルに何か言っている。

「お前も気を付けろ。」

そう言うと再びアベルの方を叩いてテントに戻っていった。

何て奴だ。

俺はアベルに話しかけた。

「彼をどうした。」

「埋めたよ。あいつは一人で生きてきて一人で旅だった。」
「家族もいなきゃ友達もいない奴でよ。まぁ俺も同じだか。」
「せめて土葬で弔ってやった。」
「死者を送る言葉なんて知らないが、仲間数人で別れの挨拶をな。」

「そうか。」

「実は良い奴なんだな。」

そう言うとアベルは口元を少し緩めたが、
いつものように直ぐに表情を硬くした。

「あいつを見ているとまるで自分を見ているようでな。」
「小さな国葬ってやつだ。」

そう言うと彼はその場から静かに立ち去った。
心なしか彼の目は潤んでいるようにも見えた。

「小さな国葬・・・か。」

そう呟くと彼の眠る山に向かって俺も小さく一礼した。

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