俺は大佐に騒動の説明を求められていた。
ダンの話が頭を過る。
「トライオード、何があったんだ。」
「またあいつか。アベルが騒動を起こしたのか。」
ドアが開き俺を呼びに来た彼女が入ってきた。
「エノーラか。入れ。」
私を呼びに来た彼女はエノーラと呼ばれていた。
「エノーラもその場所に居たのだろう。」
「アベルがまた酒を飲んで暴れたのか。」
「あいつは問題行動が多すぎる。戦場で独断で動くこともある。」
「赴任早々、とんだ問題児がいる部隊に配属されたもんだ。」
クレイグ大佐は赴任間もないのか。
「トライオード、どうなんだ奴の仕業か。」
「あれ?あれはアベルが・・・」
エノーラが答えようと口を開いた所で、
俺はそれを手の合図で制止した。
「エノーラ。私から説明しよう。」
「大佐、確かにアベルはその場に居ましたが騒動に関係はありません。
彼は少し離れたところで数人の兵と飲んでいました。」
「では、怪我人が出た理由はなんだ。」
「怪我をしたのはダンという兵でした。」
「あぁ、ダンか。」
「ダンは少し飲み過ぎて足元が暗い段差で躓いたそうです。」
「本当か?」
「えぇ、ダンがそう言っていました。」
「傷の具合はどうなんだ。」
「小さい裂傷からの出血でした。怪我をした場所が頭だったので
傷の大きさの割には出血が多く、騒ぎになったようです。」
「それで?」
「消毒と縫合をしておきましたので、数日もすれば問題無いでしょう。」
「そうか。それなら良いんだが・・・。」
「エノーラも同じか。」
「・・・こけちゃったみたいですね。」
彼女は笑ってそう言った。
「報告は以上です。」
俺がそう言うと下がって良いという様に大佐が手で合図した。
「失礼しました。」
大佐のテントを後にするとエノーラはこう言った。
「嘘はいけないよ。嘘は。」
「そういう私も嘘ついたけどね!」
彼女はいつも笑っている。
そして大佐に対しての軍人としての言葉使いもなっていない。
彼女のキャラクターが人にそれを許させるのだろう。
軍人としての言葉使い?
俺が言うか?
笑みがこぼれた。
「エノーラ、不思議がらずに聞いてくれ。俺は医者なのか?」
彼女は不思議そうな顔をしたがもう馴れてしまった。
「あなたまで酔ってしまったの?」
「あなたは医者で私は助手。」
「あぁそうだったな。」
「そうだった。そうだった。」
「俺は医者だ。」
自分に言い聞かすように何度も呟いた。
「相当酔ってますね。」
彼女はそう言って千鳥足の真似をする。
苦手なタイプの女だ。
「あたしもう寝ますね。」
僅かな表情の変化を察知したのか
彼女はそういうと自分のテントに走っていった。
千鳥足の真似をしながら・・・・。
自分のことが少しだけ判り始めた。
俺はトライオードと呼ばれている。
そして医者だ。
自ら志願したことを考えると俺は軍医として志願し、
カロンという国に雇われているのだろう。
この隊の上官はクレイグ大佐。
私の助手を務めるエノーラ。
この隊の人数はざっと50人あたり。
ジョン、アベル、ダンという兵士とは面識がある。
そして多分、俺はこの国の人間ではない。
どうして聴いたことがない言葉を理解できるのか。
そして話すことも出来るのか。
どうして俺の記憶が無くなっているのか。
俺はどこから来て、どうして医者なんかやっているのか。
そもそも俺に家族はあるのか。
確信部分については未だ判らない。
なんだか霧に包まれているようで言いようのない不安だけが胸に残る。