あれから1週間が過ぎた。
俺達はどこかぎこちない。
それはそうだろう。
あんなことがあったんだ。
昨日と変わらない毎日が始まった。
それでも人はこんな生活を幸せと呼ぶのだろう。
でも何かが足りない。
心の中にポッカリと穴が空いているようだ。
下から良い香りがしてきた。
ロゼッタの煎じたタンポポのコーヒーの香りだ。
この香りで俺達の一日が始まる。
俺は服を着替えて下に降りた。
彼女は一人でコーヒーを飲んでいる。
「いいか。」
「どうぞ。」
あれから俺達はいつもこんな感じだ。
妙な空気が二人を包んでいる。
そんな時だ。
誰かが家のドアを叩く。
「今日は早いな。」
患者だろうと思い、俺は席を立ってドアに向かった。
彼女はじっとコーヒーを見つめている。
「先生、こんな朝早くにすまないな。」
「あんたの耳に入れときたい話があるんだ。」
「ここで立ち話もなんだ、中に入れ。」
「でも・・・。」
男は中の様子を伺って躊躇している。
「構わないさ。さあとっとと入れ。」
「そうか?悪いねお邪魔するよ。」
男は家の中に入りロゼッタの座るテーブルの席に着いた。
彼女は無言で席を立った。
この来客者へコーヒーを入れるためにキッチンに向かった。
「先生、何かあったのか?」
男が小声で言った。
「いや、なんでもない。」
「でもよ、なんでもないって雰囲気じゃないぜ。」
男はまだ小声で喋っている。
「何だか夫婦喧嘩みたいだな。」
男が笑ってそう言ったその時だ。
「バン!」
ロゼッタがコーヒーを客に差し出した。
「聞こえちまったか。」
「冗談だ、気を悪くするなよ、ロゼッタ。」
「知りません!」
そう言うと彼女は自分のコーヒーを片づけ始めた。
「怖いね~。」
「要件を聞こう。」
「そうそう、忘れるところだった。」
「話っていうのはよお。」
「昨日、俺ン家に軍人さんが来たんだ。」
「何でもカロンから来た軍人さんって言ってたな。」
「この辺に優秀な医者がいるという噂を聞いてやって来たっていうんだ。」
ガシャーン!!
台所で大きな物音がした。
ロゼッタがコップを落とした音だ。
「大丈夫か?彼女?」
「いつもと様子が変だぞ。」
「構わないでくれ。」
「俺たち二人の問題だ。」
「悪い、悪い。」
男は笑って頭を掻いている。
「何でもその軍人さんはよ、村中を歩いて探しているって話だ。」
「ここに医者はいないかってな。」
「ありゃ相当お偉い軍人さんだぜ。」
「身なりが他の兵とは随分ちがうんだ。」
「数人でこの辺りを調べているらしい。」
「そのうちここにもその軍人さんが訪ねてくるぞ。」
「それでお前はどう答えたんだ。」
「知らないって言ってやったよ。」
「なんだかヤバそうな雰囲気だったしな。」
「村の皆も同じだ。」
「あんたには診察代も払っていないし、みんな恩に着てるぜ。」
「村のみんなはあんたの事を言ったりしないさ。」
「そんなことがあったのか・・・。」
「心配すんな先生。誰もあんたのことを言わないよ。」
「俺たちゃ金こそ無いが誇りはある。」
「受けた恩を忘れはしねぇ。」
「例え金を積まれてもだ。」
「どんなに大金を積まれても恩人を売ったりしねえよ。」
「カロンの奴め、ニクスを舐めるなっていうんだ。」
男は一人興奮している。
「ここは小さな村といっても放牧の民の村だ。」
「家は点々としてるし、何も無い村だが広いのが幸いだ。」
「土地感の無い奴だったら、一軒、二軒は抜けが出るってもんだ。」
「特にロゼッタのこの家は村から外れている。」
「大丈夫だ、あんた。心配すんな。」
遠くで教会の鐘が鳴っている。
診察時間の始まりだ。
そんな時だった。
ドアをノックする音が聞こえてきた。
誰だこんな朝早くから。
今日は客人が多い日だな。
そう思いながら俺はドアに向かってゆっくと歩いた。
先客の男は窓から外の様子を伺っている。
男が小さく叫んだ。
「先生!あいつらだ!。」
俺たちの家に緊張が走った。