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第14話 閃光の中で

俺はアベルのいるテントを離れてエノーラのもとに急いだ。

やけにテントが静かだ。

嫌な予感を感じてテントに飛び込んだ。

その光景に俺は言葉を失い、膝を落とし、地面の土を強く握りしめた。

「エノーラ・・・。」

彼女は床に倒れていた。
彼女の手には銃が握られていた。

頭から・・こめかみの辺りからゆっくりと赤い血が流れていた。

その様子から既に息はないだろう。
俺も医者だ、そのくらいはわかる。

「エノーラ・・・すまない。」

俺は今日何度すまないと言ったのだろう。

彼女は自分が慈悲という名の殺人者であることに気付いたのだろう。
求められるまま銃爪を引く自分が許せなかったのだろう。

彼女は俺と違ってまともな人間だ。

耐えられる筈がないことは冷静に考えれば判ることだった。

それなのに俺は彼女を一人にした。
銃声が聞こえていたにも関わらず俺は直ぐに戻らなかった。

俺が殺したのも同じだ。

兵士は敵兵を殺す。
俺は味方を殺す。

「いったい何なんだ!」

俺は拳を力一杯床にぶつけた。

こんなことをしてもエノーラは戻らない・・・。
そんなことはしっている。

ぶつけ所の無い怒りで頭が割れそうだ。

様子を聞きつけてダンとジョンがテントに入ってきた。

「・・・エノーラ。」

「俺のせいだ。」

「いや・・・お前のせいじゃない。」

こんな時くらいは俺を責めて欲しかった。

「アベルはどうした?」

「・・・・・・・」

「アベルはどうしたと聞いている!」

「・・・止めたんだが。」

戦場へ戻ったのか。

頭の中が真っ白になった。

俺は赤い白衣を脱ぎ捨て戦場に向けて走った。

「すまない!後を頼む!」

俺は軍医だ。
軍医が手当を止めて勝手に戦場に向かって走っている。

そして俺の戻る場所はなくなった。

しばらく走ると戦場が見えてきた。
ヒドラ軍の偵察キャンプだ。

橋はまだ架かっているようだ。

そこに兵はいない。

銃声が飛び交う中、俺はアベルを探した。

足元は死体だらけだ。

腕の無い兵。

足の無い兵。

そして・・・首の無い兵。

おびただしい血と暗闇で敵国と自軍の兵の見分けがつかない。

銃声の中、物陰を伝いながらアベルを探した。

記憶を無くした俺にとってアベルは俺の名付け親だ。
親を見捨てる子はいない。

「アベル!」

俺の声など銃声の中で誰にも届く訳がない。

「アベル!」

だが敵に俺はここにいると言っているようなものだ。
見つかれば俺は殺される。

そんな事すら俺は判らなくなっていた。

気付かなかったが雨が降っている。
いつから降っているのだろいう。

テントを出た時は降っていたか?
覚えていない。

敵陣営の方角から数人の兵が走ってくる。

ホレス達だ。
生きていたのか。

「ホレス!こっちだ!」

ホレス達が俺に気付いた。

「トライオード!」
「こんな所で何してる!」
「さっさと戻れ!」

「お前も殺されるぞ!」

「構わないさ。」
「今戻っても俺は大佐に殺される。」
「ここで敵兵に殺されても結果は同じだ。」

そういうとホレスは察したのだろう。

「そうか。」

「それよりアベルを見たか?」

俺はホレス達に尋ねた。

「いや、一度はキャンプに戻ったらしいが、その後は・・・。」

一緒にいた兵が口を開いた。

「さっきまでアベルと一緒だったんだが、はぐれちまった。」
「アベルは大先生に診て貰ったんで大丈夫だと言っていたよ。」
「アベルを探していたらホレスを見つけたんで一緒に逃げてきた。」

何が大先生だ・・・。
俺はただの人殺しになってしまったんだ。

ホレスの話は続いている。

「もう無理だ、俺たちに勝ち目はない。」
「無駄に死ぬことはないんだ。」
「お前も逃げろ。」

「アベルはどうする!」

俺は叫んだ。

「あいつのことだ、きっと大丈夫だ。」
「アベルはそう簡単に死にはしない。」
「あいつがこれまで弔ってきた仲間がアベルを守ってくれるさ。」

「それよりみんな死んでどうする!」
「誰が戦況を報告するんだ!」
「本隊に戻って体制を立て直すのが先だ!」

ホレスは俺の両肩を掴んで激しく揺する。

「俺は新たな隊で仲間の敵を討つ!」
「逃亡罪で味方に殺されるのはその後でいい!」

「お前はどうなんだ!トライオード!」
「仲間の敵を討ちたくはないのか!」

敵(かたき)を討つなんてことは思いもしなかった。
軍医である俺にその発想はなかった。

が、しかしだ。

エノーラも死んだ。
医療班の仲間も大勢死んだ。

アベルの行方は判らないまま。
既にどこかで死んでいるのかもしれない。

「敵(かたき)か・・・。」

そう言った時だった。

しびれを切らしたホレスは俺の腕を掴んで走り出した。

「いいから来い!」

ホレスは俺の腕を掴んだまま走り続けている。

「橋を一気に走り抜けるぞ!」

その矢先だった・・・・。

まるで時間が止まったようだった。

耳が裂けんばかりの爆音が響いた。

一瞬だけだが周囲が真昼の様に明るくなった感じがした。

土煙と火薬の臭いが立ち込めるなかで俺は立っている。

眼に土埃が入っている。
土煙で何も見えない。

ただホレスが俺の腕を掴んでいるのは判る。

どうやら俺達に向けられて手榴弾か何かが投げられたようだ。

「ホレス、大丈夫か。」
「ホレス、返事をしろ。」

俺は小さな声でホレスを呼ぶ。

ホレスの返事はない。

「ホレス?」

土煙が治まってきた。

俺たちは橋の中央付近まで来ていた。

視界が開けて来る。

「・・・ホレス。」

そこにホレスの姿はなかった。

あったのは俺の腕を掴んでいるホレスの腕だけだ。

ホレスの腕だけがそこにある。

俺はその場に立ち尽くし、動くことが出来ない。

あまりの衝撃に身体が動かないのだ。

更に視界が開けてきた。

視線の先には敵兵が俺に銃を向けていた。

何か言っている様だが何を言っているのか判らない。

全てがスローモーションのようだった。

俺はホレスの腕を抱えようとしたその時だ。

乾いた銃声と共に体に電流が流れた。

俺は撃たれたのか?

バランスを崩した俺は橋の欄干に寄りかかった。

2発目の銃声が聞こえる。

体の痛みはもう無い。

視界が霞んでくる。

俺はそのまま橋から落ちた。

俺はまた人を殺してしまった。
ホレスが死んだのは俺のせいだ。
あの時俺が早く決断していたら。

エノーラ。

君には本当にすまないことをした。
俺ももうすぐ君のそばに行くよ。

君は怒っているだろうな。

ホレスも怒っているだろう。

ジョンとダンはどうしてる。
飛び出した俺を怒っているだろう。

アベル、お前は今どこにいる・・・。

エノーラ。
俺は君を・・・・。

俺の意識は消えた。

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