第21話 呪いの雄叫び

俺はニクスの村を出て隣村の市場にいた。

武装したカロンの軍人が大勢いる。
誰も笑っていない。

村の市場が通常どおり開催されているところを見ると、
この光景は今日だけではなく随分と続いていると考える方が自然だ。

大人は馴れた風だが、子供たちの目は覚えている。

物陰からあたり様子を伺っている。

子供の笑い声が聞こえない村だ。

隣村ではあるが、ロゼッタの村とは大きく違う。

市場に並んでいるものを見る。

さすがニクスとでも言おうか。

山の幸。

河の幸。

野菜に木の実。

魚に鳥や獣の肉。

そして果物が棚から溢れんばかりに並んでいる。

そこを戦車がもの凄い音を立てて横切っていく。

相当古い型式の戦車だ。

博物館や資料館に展示してある戦車みたいだった。

どこか不思議な光景の中、俺は市場の中央を目指した。

そこにはクレイグ大佐がいた。

「ドクター・トライオード、久しぶりだな。」

「そうか?俺は最近お前をことを見かけたぞ。」

「ああ、あの村か。」

「やはりお前はそこに居たのか。」

「白々しいな。」

「俺がいるのを判って撃ってきたんだろう。」

そう言って俺は包帯の巻かれた腕を挙げた。

ロゼッタが巻いてくれた包帯だ。

つい先日のことだが既に懐かしい。
今頃ロゼッタはどうしているか。

診察が始まっている時間だな。

そんな事を思っていた。

「俺の銃が当たったのか。」

「それは悪かったな。」

「外して撃ったつもりだったんだが。」

「俺は生まれついての軍人だ。」

「どこに撃っても人に当たるようになっているんだろう。」

そういうとクレイグは笑っていた。

「軍人? 愚人の間違いじゃないのか?」

俺も笑った。

近衛兵が俺を力ずくで地面にねじ伏せた。

「口が過ぎるぞ、トライオード。」

「あの女の所に長く居過ぎて品格を失ったか。」

クレイグは笑っている。

俺は奴の靴にツバを吐いた。

ねじ伏せる兵士に力が入る。
俺は地面に這いつくばった。

口に泥が入ってきた。

「ペッ!ペッ!」

俺は唾を吐く。

「おいおい、ますます品がないな。」
「どうしたトラーオード?」
「品格というものを忘れてしまったか。」

そこで思い出したようにクレイグが言った。

「そうか、忘れるも何もお前には記憶が無かったな。」

「俺とした事がこれは失礼した。」
「詫びるよ、ドクター・トライオード君。」

「ハッ!ハッ!ハッ!ハッ!」

こいつはこんな性格だったか?

気に入らない奴だったことは確かだが、
こうも傲慢で高圧な奴ではなかったハズだ。

アベルはこいつの本性を知っていたのか?

まさかな。

目の前にいるクレイグは俺の知っているクレイグ大佐では無い。

時の流れが彼を変えたのだ。

そうだとすると、何が彼をこうまで変えたんだ。

「トライオード君、一緒に来たまえ。」

そう言うと彼は歩きだした。

俺は近衛兵に両肩を掴まれ引きずられて行く。

来たまえ?

勝手に俺を連れて行ってるだけだろ。

そして俺はカロン軍のトラックに放り込まれた。

どれくらい揺られているのだろうか。

見たことのない景色ばかりだ。

・・・記憶のない俺が言うか?
俺は一人で笑っている。

太陽が三度昇り、月が二度降(くだ)った。

それでも景色は大きく変わらない。

ニクスの広さを改めて知った。

程なくして、凡そニクスに相応しく無い豪華な宮殿についた。

クレイグが俺に近づいてきた。

「トライオード君、ここは俺の家だ。」

「君を招待するよ。」

「草原の村の家より少しばかり狭いがね。」

そう言うと笑いながら立ち去った。

奴は何がしたいんだ?
殺すならさっさと殺せ。

しばらくして俺は宮殿の広間にとおされた。

「軍のお偉いさんしか通さない部屋だ。」
「ありがたく思え、トライオード君。」

しゃべり方が一々気にくわない。

俺はテーブルに着くよう言われ、大人しく腰を掛けた。

クレイグが呼び鈴を鳴らす。

奥の部屋から食事が通されてきた。

豪勢で、贅沢で、その器の調度も高価なものだと容易に推測できる。

「ああ、この器か。」
「君は御目が高いね。」

「まあ君が一生働いても買えない代物だよ。」

「見るだけならタダだがね。」

そい言うとクレイグは下品に笑いだした。

「どんなに上品な器も品の無い奴が使えば台無しだな。」

「器に同情するよ。」

俺も高らかに笑った。

近衛兵は何もしない。

銃を向けること以外は。

「君は腹が減って気が立っているようだね。」

お前と一緒にするな。

クレイグが再び呼び鈴を鳴らした。

また食事が通され始めた。

今度は俺に向かっている。

そしてその何の変哲もない白い皿は俺の前に置かれた。

蓋があるので中身は判らない。

「大丈夫だ、ドクター・トライオード君」

「ネズミやミミズで無いことは確かだ。」

「気に入って貰えると嬉しいがね。」

ゆっくり蓋が開けられた。

俺は拍子抜けした。

何の変哲もない。

綺麗に焼かれた何かの肉だ。

「毒は入っていない。」

「安心して召しあがってくれ、ドクター・トライオード。」

「我が宮殿のシェフが腕によりを掛けて作った料理だ。」

「残さず食べてくれよ、トライオード君。」

一瞬ではあったが、クレイグの口元が笑ったように見えた。

奴は既に一人で食事を始めている。

俺は目の前の料理を見つめながら色々と考えている。

色、形からして獣の肉には違いない。

ソースも綺麗に描かれている。

香りも良い。

俺だからといって、一切の手抜きはしていないようだ。

一流のシェフとはそういうものなのか。

俺は恐る恐る出された食事に手を付けた。

少しだけ硬いが若い獣の肉であることは俺にもわかった。

ただそれ以上は口を付けてはダメだと本能で感じた。

「御気に召さないか、若いメス犬の肉は。」

何か引っ掛かる物言いだ。

俺は黙って皿を遠ざけた。

「何と言った。」

「今、何と言ったと聞いている。」

「周りを見てモノを言いたまえ、トライオード君。」

銃が俺に向いている。

「クレイグ、もう一度聞く。」

「今、何と言った。」

「若いメス犬の肉だと言ったのだが。」

またクレイグの口元が緩んだ。

「どういう意味だ?」

俺は顔をしかめた。

「お前も知っているハズだ。」

「よその旦那と寝ていると自分で言っていた。」
「あの盛りのついたメス犬を。」

「どうだった?昔から犬の肉は美味いというが。」
「是非とも感想を聞かせて欲しいものだ。」

『                            』
私はこの時のトライオードの雄叫びをどう表現して良いか判らない。

「そうだな、お前風に言えば。」
「どうだったと聞いているんだ。」

「トライオード君、もう一度聞く。」
「どうだったかと私は聞いているんだ。」

俺はまだ声にならない雄叫びを発している。

握りしめた拳からは血がしたたり落ちている。

爪が手のひら奥に喰い込んでいるのだ。

喰いしばった口からもおびただしい量の血がしたたり落ちている。

彼の顔は真っ赤に腫れあがっている。

目は真っ赤に。

そして鼻からも血が出ている。

しばらくしてトライオードはこう言った。

「・・・様。」

「貴様・・・貴様だけは俺と地獄に道ずれだ。」

「・・・貴様だけは・・・いくら・・・いくら呪っても呪い足りない!」

「お前の肉はこの世に一片たりとも残さない!」

そう言い残した俺は意識を失った。

ロゼッタ・・・俺はお前を・・・。



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