・徒然なる日常

投資

先日仕事をしていて感じたことを少し。

異動して職務の内容が変わった年上の職員に指導していたところ、
始めて行う業務でしかも数ヶ月しか経ってないのに、
何に疑問を持って調べたら良いのか判らないと強い口調で言われました。

自信が無くなりましたと。

私は数か月の仕事に精度など求めていません。
私が言っているのは「考える」ことをしていないこと。

自信がなくなりました?

自分で数か月だというのなら
そんなちっぽけな自信など何の役にもたちません。
逆に考えることに対して幅を狭めることになる邪魔なモノです。

少なくとも社会人1年生でない限り、
自分の仕事内容について「考える」力は年相応についているハズです。

考えるからこそ、「疑問」を持ち「調べる」のです。
考えないから「疑問」を持たず「調べられない」のだと。

考えないから「漠然として」次の行動に移れないのだと。

それでもまだ数か月だというので、
自分に投資をしたかと尋ねました。

数か月だからこそ、本を買い、読み、
知識を少しでも増やしたり、現状の理解を深めたり、
これまでのことを考え、専門用語でも自分の解釈についてでも
疑問を持ち調べ、理解する時間を業務時間以外に設けたか。

「考える」ことは何も特別なことではなく、
入浴中でも、布団の中でも休日でもどこでもできることです。
但し運転中だけは控えなければなりません。

数か月だと言うのならその数か月間にどれだけ自分に投資したか。
数か月だからこそ自分への投資が必要ではないのか。

別に会社の為ではありません。
自分が選んだ道の為にです。

質問に対する答えはありませんでした。

一から十までの指導が必要なら
それはそれで私の仕事として行いますが、
それなら私は新卒者を雇います。

社会人経験年数のメリットはありません。

努力をすれば報われるとは思いませんが、
報われた人は必ず努力を行った人です。

努力をしたことに自覚があるかないかの違いはあるかと思います。

楽しんでやっていれば「努力」と感じない場合もあるでしょう。
努力は必ずしも「苦」を伴うとは限りません。

努力とは考える時間や調べる時間、
必要な本や物などの購入も含めて、
どれだけ自分に投資できただと思っています。

個人の考え方なのでもちろん異論反論はあるかと思いますが、
先日、あまりに甘い考え方に対して少し戸惑いました。(^^;

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