・徒然なる日常

星になったモモ

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モモが1月30日に旅立ちました。
皆様から本当に多くのエールを頂戴し心から感謝とお礼を申し上げます。

進行性脊髄軟化症。
椎間板ヘルニアの最重度であるグレード5で8%の併発確率だそうです。

脊髄の神経細胞が虚血性、出血性の壊死によって融解し液状となり、
発症するとほぼ全例で死に至り治療の術が無いというのが定説です。

しかし僅かながらに進行が止まった例や再生医療で
一命をとりとめているケースも見受けられます。

 

1月18日 寒い日でしたが近所の公園に散歩に出かけました。
この日に何も変わった様子は見受けられませんでした。

1月24日 土曜日(1日目)
朝食の時、廊下を歩く時に右後ろ足が滑ったように見えました。
3年前、ヘルニアを患ったことがあるので午前に受診しました。

この際は軽度であること、モモは自己の免疫が赤血球を破壊する
免疫介在性溶血性貧血の治療の為にステロイドを服用していることもあり、
このステロイドが炎症を抑えるので自宅で様子を見ることになりました。

しかし、午後には左後ろ足の様子にも影響が出ているようでした。
直ぐに病院に電話し判断を仰ぎ、明日受診することになりました。

1月25日 日曜日(2日目)
午前の受診時には両後ろ足に麻痺が見られ、
背中を丸めて前足だけであるくグレード3で
まだ浅部痛覚も深部痛覚もある状態でした。
入院し、明日、造影剤によるCT検査と手術としました。

夕方、深部痛覚が消失しているグレード5になっていると
病院から電話がありました。「48時間・・・。」

そこから後の説明は今となってはよく覚えていませんが、
脊髄軟化症は知っていたので、48時間という言葉を聞いて、
そしてあまりにも容態変化の進行が早いので脊髄軟化症を覚悟しました。

1月26日 月曜日(3日目)
午前にモモの面会と昨日の様子を聞きに病院へ行きました。

午後、病院から電話があり、造影剤の入り方が脊髄軟化症に似ている。
このまま手術をしてもというお話があり、
明日もう一度造影剤とCT検査を行ってみるとのことでした。

夕方、病院に行き、CT画像の説明と今後について話し合いました。

1月27日 火曜日(4日目)
病院より電話があり、2回目のCT検査の結果、
やはり造影剤の入り方がおかしいので手術は行わないと連絡がありました。

夕方に病院に行き、モモの面会とCT画像の説明を受けました。
脊髄が壊死していくその痛みを誰が想像できるでしょう。

この時のモモの様子から、明日の状態を見て安楽死を考えることを決めました。

1月28日 水曜日(5日目)
午前に妻がモモの面会に行きました。
この日は昨日見たモモよりも元気そうでした。

先生と相談し、最後は自宅で過ごさせたいと。
夕方に私と妻とでモモを迎えに行くことにしました。

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家に帰ったモモ。

そういえば、私がいつも写真を撮っているため皆で写った写真がありません。
モモと一緒に皆で写真を撮りました。

少しだけ食事できたね、モモ。

1月29日 木曜日(6日目)
午前に痛み止めと膀胱に溜まった尿を排泄するために病院へ。

脚は麻痺し、自力で排泄できませんが水だけは少し飲めました。

1月30日 金曜日(7日目)
この日、朝6時頃よりモモは力なく鳴き続けていました。
午前、病院へ行く際の車の中でひきつけが起こっているようでした。
痛み止めと抗てんかん薬の注射を打ってもらって自宅へ帰りました。

痛み止め注射が効いているはずの11時過ぎてもモモは鳴きやみません。

ヒャンヒャンと力ない声です。
詳細な様子は書くに堪えません。

病院へ連絡し様子を伝えました。

これからモモを待っているのは
心肺に関わる神経の壊死による呼吸困難などの症状です。

私は安楽死を選択してモモと病院に向かいました。

12時54分

2007年12月18日生まれのモモ。
7歳と1ヶ月でその生涯を終えました。

モモがこれ以上の痛みに耐えるのはかわいそうで
楽にしてやりたいと思ってでしたが、
モモは家族と少しでも一緒にいたかったかもしれません。

楽になりたかったのはモモではなく私だったのでしょう。

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私は腰が悪いので、モモのオムツ交換などの世話は
全て妻が行ってくれていました。ありがとう。

モモ、もうどこも痛くないよね。
ゆっくり休んでください。

1月31日 (土曜日)
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モモは荼毘に付され天国に行きました。

 

朝、私が仕事に行くときにいつも見送ってくれてありがとう。

仕事から帰るとお出迎え、そしてスリッパは玄関で履いてもいいのだが
いつもリビングへ運んでくれてありがとう。

食事の準備ができるといつも呼びに来てくれてありがとう。

お風呂ができるといつも呼びに来てくれてありがとう。

いつも私のリハビリの散歩に付き合ってくれてありがとう。
私が面倒で行きたくない時は一生懸命に誘ってくれてありがとう。

モモはオモチャやボール遊びが好きだった。
でもサクラが来てからはいつもサクラに遊び道具を譲っていた。

私がサクラを怒っていると、モモはいつもそれ以上言うなと
間に入って手でチョンチョンと私をたしなめる。

いつもサクラを守ってくれてありがとう。

思い出せばきりがありません。

 

一昨年の12月末、自己の免疫が赤血球を破壊する免疫介在性溶血性貧血を発症し、
お正月を迎えられないかもと言われたモモ。

あれから2回も家族と一緒にお正月を迎えることができました。

昨年はモモ、サクラと一泊の旅行にも行けました。

昨年12月の血液検査も順調でした。

もしかしたらステロイドの服用も将来は必要ないかも。
そんな甘い期待すら感じた今年の始めでした。

今回の件での血液検査も
免疫介在性溶血性貧血に関しては何も問題がない良い数値でした。

しかし、進行性脊髄軟化症で僅か7日という間で
容態は日に日に悪化してモモは旅立ちました。

今までモモには多くの方々から本当に沢山のエールを頂戴し
心よりお礼申し上げます。

誠に勝手ではありますが、もし、もう一度だけ頂戴できるのなら、
モモに安らかにと心の中で祈って頂ければ今の私にこれ以上の幸せはありません。

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