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第28話 道化師の涙

翌日、俺は車を走らせあの平原の宮殿に向かっていた。

奴の悪趣味なあの宮殿だ。

そして俺の後ろには奴が座っている。

奴は何も言わない。

ただ、遠くを見つめて何かを考えているようだ。

そんな時だった。

奴が口を開いた。

「トライオード。」

俺は返事をしなかった。

それでも奴は話を続けた。

「お前も全てを知ってしまったな。」

「マドックと同じ。」
「俺達はお前まで巻き込んでしまった。」

俺は何も言わなかった。

「許してくれとは言わない。」
「許されるものでもないだろう。」

「それを承知でお前に頼みがある。」

「このことは誰にも話さないでくれ。」
「誰かがこの事を口外すれば全てが水の泡だ。」

「俺達が殺した大勢の魂も浮ばれない。」

「死んでいった俺の部下も・・・。」

「トライオード。」

「俺のことを憎め。」

「そして俺のことを恨め。」

「そして最後は俺を殺せ。」

「お前は俺のことが許せないだろう。」

「なんど俺を殺しても足りないくらいに。」

「なら俺を殺せ。」

「その時に俺を殺してくれ。」

「俺もカロンの軍人だ。」

「ヒドラの兵に殺されるのなら・・・。」

奴は言葉を詰まらせた。

「俺はお前の手によって殺されたい。」

俺は無言のままでそれを聞いていた。

「トライオード。」

「だからそれまで・・・。」

「それまでは俺を殺すのを待って欲しい。」

「俺にはまだやるべきことがある。」

「死んでいった兵の為にも。」

「それまで待ってほしい。」

「俺が勝手なことを言っているのはわかっている。」

「わかってくれとは言わない。」

「それまで待ってほしいんだ。」

奴は無言になった。

どれくらいの時間が過ぎただろうか。

奴がまた話はじめた。

「トライオード。」

「俺達と・・・俺達の同士を含めても
とてもヒドラの軍に勝てるわけがない。」

「これは負け戦だ。」

「それでも俺達は古き良き日のカロンを取り戻すために立ち上がる。」

「お前がカロンの出身でないことも知っている。」

「トライオード、それでもお前に力を貸して欲しい。」

「この戦いでは多くの同士達が傷つき、そして死んでいくだろう。」

「お前にもう一つ頼みがある。」

「傷ついた同士を手当してやってほしい。」

「そして・・・・。」

「そして・・・・。」

大佐は言葉を詰まらせた。

奴は泣いているのか?

「あの日の・・・。」

「あの夜のように・・・。」

「助からない同士をお前の手で送ってやってほしい。」

奴は知っていた。

あの日の夜・・・。

テントの中で何が起こっていたかを。

俺がテントの中で何をやっていたかを。

エノーラがテントの中で何をやっていたかを。

奴は知っていた。

俺は初めて口を開いた。

「貴様は・・・。」

俺は奴の側近としての口調ではなく、
一人の男、トライオードして奴に聞いた。

「貴様は・・・貴様は俺に何をした!」

「俺の仲間に何をした!」

「どれだけの人間が貴様のせいで死んでいった!」

「それなのに・・・・。」

「それなのに、貴様は俺にお願いがあるだと!」

「冗談もたいがいにしろ!」

「俺が素直に応じるとでも思っているのか!」

感情の高まりとともに車が大きく蛇行を始めた。

「貴様が殺した!」

「貴様が殺したんだ!」

「それなのに・・・。」

「お願いがあるだと・・・・。」

「貴様は一体何を考えている!」
「貴様は・・・貴様はいったい何を考えているんだ!」

「俺には理解できない!」

「多くの人間が俺の目の前で死んだんだ!」

「大勢の仲間も・・・。」

俺は同じ言葉ばかりを繰り返している。

怒りと自分でも理解できない感情が溢れだした。

「貴様のせいで俺も多くの仲間を・・・。」

「俺の大切な・・・大切な多くのものを貴様は俺から奪ったんだ!」

「お願いだと・・・。」

「そして・・・。」

「そして、俺に・・・。」

「俺にまた仲間を殺せというのか・・・。」

「仲間を・・・。」

俺はそれ以上話を続けることは出来なかった。

そして奴もそれ以上何も言わなかった。

頭の中にあの日の光景が蘇る。

今でもはっきりと仲間の声を覚えている。

「トライオード、すまないな。」

「足を撃たれたのか。」

「ああ、少しへまをしたらしい。」

「少し痛いぞ。」

「ああ、思いっきりやってくれ。」

「カロンとニクスの為ならこれくらい何ともないさ。」

「グッ!」

「何ともないんじゃなかったのか?」

「トライオード、相変わらず口が達者だな。」

「グッ!」

「すまない、言い忘れたな。お前は腕も達者だ。」

「エノーラ!終わったぞ!」
「次の兵だ!」

「わかったわ、先生!」

「ありがとうよ、先生。」

「これでまた戦えるぜ。」

「先生、先生・・・・。」

「先生ってばぁ!」

「なんだ。」

「今日は患者さんがいっぱいで疲れたでしょ。」

「はい、コーイー。」

「すまないな。」

「先生、すまないなじゃなくて、ありがとうよ、そこは。」

「そうか、ありがとう。」

「特製のたんぽぽコーイーだからね。」

「疲れなんか一発でどこかへ飛んでいくわ。」

「そうか。」

「ロゼッタ。」

「なぁに、先生。」

「今日は良い天気だな。」

「そうだ!先生!これから何して遊ぶ!」

「子供か、お前は。」

「エへへッ。」

「トライオード!」

「おい、トライオード!。」

「今日はなんだか元気ないじゃないか。」

「またお前か。」

「そういうな。」

「俺様がこうして心配してきてやったんだ。ありがたく感謝しろ。」

「誰が来てくれと頼んだ。」

「相変わらずだなお前は。」

「見てみろよ、あっちの隊を」

「なんだ。」

「あそこだ。」

「あの隊の女医はいいケツしてるぜ。」

「何を言っている!」

「お前は直ぐ赤くなるな、それでこそトライオードだ。」

「それと、仲間と少しはうち解けたらどうだ。」

「アベル、お前に言われたくはない。」

「どうしてだ?。」

「お前は兵には好かれているが上官には嫌われている。」

「ああ、クレイグのことか。」

「確かにあいつは俺のことが気にくわないだろうな。」

「そういえばどうしてお前はクレイグ大佐に嫌われているんだ。」

「そりゃお前、決まっているだろう。」

「判りきったことを聞くな。」

「どういうことだ。」

「クレイグの奴は俺が自分より優秀だから俺を気に入らないのさ。」

「アベル、お前はどこまでも幸せな奴だ。」

「だがよ、トライオード。」

「俺はクレイグの奴が好きだぜ。」

「あいつも俺達みたいに口こそ悪いが想いは一緒だ。」

「俺はそう思っている。」

走馬灯のように昔のことが俺の頭に浮かんでくる。

「トライオード。」

奴の声に俺は現実に引き戻された。

「・・・・生きている。」

奴の言葉がエンジンの音で聞き取れなかった。

「生きているんだ。トライオード。」

「俺が焼き払ったと言ったニクスの村の連中は生きている。」

なんて言った。
いま、奴は生きていると言ったのか。
あの村の人たちは生きているのか。

「村を焼き払う前に俺の部下、同士達が連れて行った。」

「どこへだ!」

「ニクスの山岳地帯にある捕虜の町だ。」

「そこに匿っている。」

「どうしてそれを黙っていた!」

「宮殿では迂闊なことは喋れない。」
「俺は常に監視されているからな。」

「村を焼き払う前の夜。」
「お前が村を出て行った後だ。」

「村の人たちに事情を話して捕虜の町に行ってもらった。」

「村の連中は死ぬよりましだって、快く申し出を受けてくれたよ。」

「それと・・・。」

「それとなんだ。」

「村の連中はお前の事を心配していた。」

「みな口を揃えて、お前を殺さないでくれって頼みこんでたらしい。」

「お前は人を寄せ付けない雰囲気を持っているが
人を引き寄せる力も持っているらしいな。」

「俺はお前が羨ましいよ。」

俺が羨ましいだと。

「それと・・・。」

「今度は何だ。」

「あの女も生きている。」

何て言った?
今、奴は何と言った。
聞こえてはいたが混乱して理解できない。

「トライオード、あの女も生きている。」

ロゼッタが生きている?

「お前があの日、あの宮殿で食べたもの。」

「あれは唯の肉だ、その辺で狩ったイノシシの肉だ。」

「執事に悟られないように、一芝居うったのだ。」

「敵を騙すにはまず味方からというからな。」

「お前には言わないでおいた。」

「それにお前が投降した村にも、あの宮殿にも俺の監視員がいたからな。」

「どのみちお前に伝える機会は無かったがな。」

「悪く思わないでくれ、トライオード。」

ロゼッタは生きていた・・・。

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