・Requiem~a novelette~

第16話 天使の涙

2014/11/08

穏かな日だ。

いつもの毎日が始まる。

ロゼッタは診察の後片付けをしている。

夜間の急患で忙しかったが、充実した毎日を俺は送っている。

今日は休診日だ。

ロゼッタの家は村から少し外れた所にある。

家の横には小川がせせらいでいる。

眼を凝らして見ると小さな魚が群れをなして泳いでいるのが見える。

「先生~。」

ロゼッタが呼んでいる。

「先生~、コーイー入ったわよ~。」

いい加減覚えろ。
それはコーヒーだ。

家の外にある木陰に腰掛け、二人でコーヒーを飲んでいる。

「先生。」

「なんだ。」

「ううん、何でもないって。」

そこに居るのはいつもの彼女だ。

「今日はお休みね。」
「さて、何して遊ぶ?」

「子供か、お前は。」

彼女は笑っている。

「先生。」

「今度は何だ。」

「怒らないのね。」

いつもなら怒っているだろうが君は命の恩人だ。
それに俺は家賃を払っていない居候の身だ。

少しは我慢もするさ。

「先生。」

「何だ?」

「今日は良いお天気ね。」

「ああ、そうだな。」

「先生。」

俺は返事をしなかった。

「エノーラって誰?」

俺はコーヒーを口から噴き出した。

それは突然だった。
まさか彼女の口からエノーラの名前が出るとは思ってもみなかった。

「ロゼッタ・・・、どうしてその名を君が?」

「この前、先生うなされていたでしょ。」

「ああ。」

「そのとき、すまない~、すまない~って。」

「それは聞いた。」

「ホントはね、先生。」

「すまない、エノーラ。すまない。って言ってたの。」

「あの時は言えなかったわ。」

「ごめんね、先生。」

「別に君が謝ることじゃない。」

「そうか・・・。」
「俺はそう言っていたのか・・・。」

「で。」

「で?」

「違うわよ、それ『で』よ。エノーラって誰なのセ・ン・セ・イ。」

彼女はニヤニヤと俺を見ている。
俺は暫く無言だった。

「先生の奥さん?」

「いや、俺は一度も結婚していない(ハズだ)。」

「じゃあ・・・恋人?」

「いや、そうじゃない。」

「じゃあ誰なのよ~エノーラってぇ~。」

「どうしてそれを聞きたい。」

「ただ何となくね。」

「何となく・・・か。」

「そう、何となくよ。」

「だって口の悪い先生が、あんなに必死に謝って泣いていたのよ。」
「気にならないって方がおかしいわ。」

いつものことながら彼女は一言多い。
しかし、その気持ちもわかる。
あんなに俺がうなされていたんだ。

「興味よ、興味。ただの興味よ、先生。」

「わかった。」
「恩人の質問に答えよう。」

「やったぁ~。」

俺は話した。
俺の覚えている記憶の全てを。

それが恩人に対しての礼儀だと思った。

俺の名前の由来。
ジョンのこと。
ダンのこと。
ホレスのこと。
アベルのこと。
そしてエノーラのことを。

俺が見てきたこと。

俺が知っている全てをロゼッタに話した。

彼女は泣いていた。

声もなくただ泣いていた。

沈黙が続く。

「ごめん、先生。」

「コーヒー入れ替えてくるね。」

そう言うと彼女は家の方へと走っていった。

始めて間違えずにコーヒーって言ったな。

程なくしてロゼッタが帰ってきた。

「はい、コーイー。」

俺はその時思った。
彼女はわざと間違えている。

彼女は薬草にとても明るい。
俺の助手として短期間で様々なことを習得した。

ニクスに医者という資格の制度がなければ、
彼女は間違いなく医者を名乗っても通用する。

制度があっても資格を取れば良いだけの話だ。
いや資格は取らない方が彼女の為だ。

彼女を戦場に行かせたくはない。

それほど彼女の資質が高いのだ。

医者の家系の成せる業か。
それとも幼い頃から父を見てきたからか。

どちらにせよ彼女の技術は素晴らしい。

そんな彼女が何度も間違えるハズがない。

彼女はわざと間違えておどけて見せている。

俺に対する彼女なりの気遣いだったのだろう。

いつものことながら俺は人の気持ちに鈍感だ。

「すまな・・・いや、ありがとう。」

俺はコーヒーを受け取った。

彼女はまだ泣いていた。

「先生。」

「なんだ。」

「今も死にたいと思ってる?」

「・・・わからない。」

俺は正直に答えた。

「そうなの・・・。」

「仲間の敵(かたき)を打ちたいと思ってる?」

「・・・わからない。」

「いまカロンから誘われたら戦場に行くの?」

「・・・わからない。」

俺は正直に答えた。

「先生」

「なんだ。」

「エノーラのことが好きだった?」

俺は少し考えた。
そして正直に答えた

「・・・わからない。」

「私には判るわ。」

「なにをだ。」

「エノーラは先生が好きだった。」

「・・・わからない。」

「先生もエノーラが好きだった。」

「もう・・・止めよう。」

「昔話は終りだ。」

そう言って俺は立ちあがった。

その時だった。

「・・・よ。」

彼女が小さな声で何かを呟いた。

なんて言った?

『私もよ。』

彼女はそう言った様に聞こえた。

まさかな。

「先生。」

「なんだ、昔話はもう終わりだと言ったはずだ。」
「これ以上しつこいと幾ら恩人だといっても怒るぞ。」

「エノーラは先生を恨んでなんかいない・・・。」
「エノーラは先生を憎んでなんかいない・・・。」

「先生の仲間も!」

「先生が謝る相手なんてこの世にもあの世にもどこにもいないわ!」

「もう十分でしょう?・・・先生。」

「もう十分でしょう、先生・・・。」

「もう自分を許してあげて。」

「お願いだから・・・。」
「お願いだから、ねぇ、先生。」

そう言うと彼女は家の方へと歩きだした。

彼女は泣きじゃくっていた。
こんな取り乱した彼女を見るのは初めてだった。

すまない、エノーラ。

すまない、ロゼッタ。

すまない、死んでいった仲間よ。

俺はまだ自分を許せないんだ。

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