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第12話 真夜中の客

ドン、ドン。

ドン、ドン、ドン。

「先生!先生!開けて下さい!トライオード先生!」

ドン、ドン。

ドン、ドン、ドン。

激しく扉を叩く音で無理やり起こされた。

「今何時だ?」

「誰だこんな真夜中に。」

眠い目をこすりながら音のする方に足を進める。

「先生!トライオード先生!」

その声はまだ続いている。

「うるさい!聞こえている!」
「今開けてやるから静かにしてろ!」

寝起きの俺はとても不機嫌だ。
不機嫌になるのに何のスイッチも要らない。

「こんな夜中にいったい何の用だ?」

「つまらない用件で俺を叩き起こしたのなら
相応の覚悟をしてもらうことになるぞ。」

「そんな冷たいことを言わないでください。」
「お願いです!助けてください!」

「助ける?いったい誰を?」

「この子が・・・」

視線の先には小さな赤子が抱かれていた。

「こいつがどうした?」

「熱があるようで、先刻より吐いてばかりいるんです。」

「俺たちにとって初めての子でどうすりゃいいのか・・」

暗くて見えなかったが、
男のすぐ後ろには女が立っている。

この子の母親だろう。

「先生!お願いします!」

「金はあるのか?」

俺がそう言うと男と女は顔を見合せて頭を落とした。

「金が無いのなら帰ってくれ。」
「俺も喰っていかなきゃならないんでな。」

「悪く思わないでくれ。」

昔の俺なら病人を目の前にこんなことは言わないだろう。
だが俺は昔の俺とは違う。

今の俺は今の俺だ。

扉を閉めようとしたその時だった。

「早くその子を中に入れて!」

ロゼッタだ。
昨日のタンポポの女。

「そこに寝かしてください!」

彼女は俺の助手・・・というよりは、
俺の大家とでも言えば良いのか。
金は払っていないが。

つまりは俺は居候の身だ。

「おい!ロゼッタ!」
「なに勝手なことを言っている!」
「こいつらは金を持ってないんだぞ!」

「放牧の民が金を持っている訳がないでしょ。」
「いつになったら解るのよ、この馬鹿!」

・・・馬鹿!
この俺を馬鹿呼ばわりか。

この調子でいつも金も貰わずに治療を行うことになる。
俺が家賃を払えないのはお前のせいだ。

「・・ありがとうございます、ありがとうございます。」

何度も何度も頭を下げると、男と女、
そしてその子供は扉を開けて帰っていった。

扉の向こうでもまだ頭を下げている。

「良かったね、先生。」
「ただの風邪のようだし。」

そう言うと彼女はニコニコしていた。

「全く・・・金にならないことばかりさせやがって。」

「それに何だ、さっき俺のことを馬鹿と言ったろ!」

「あら?大事なことは覚えていないのにそんな事は覚えているの。」

少し背伸びして俺に話しかけてくる。
鼻につく喋り方だ。

俺の記憶はまだ戻っていない。
もう何年が過ぎた?
それに俺はとっくに諦めている。

「もういい。俺はここを出ていく。」

少し慌てた様子で彼女は言った。

「先生~ごめん~。」

普段の彼女に戻ったようだ。

「出ていくの~。」
「家賃も払わず~。」

「!!!!!!」

「お前が金も払えない奴らばかり俺に診させるからだろう!」

「先生は先生。病人は病人。」

彼女はニコニコ笑っている。

「もういい・・・、わかった。」

俺はそう言うとイスに腰を掛けた。

疲れた。
真夜中に叩き起こされたんだ。無理もない。
もう夜は明けている。

外にはやわらかい風が吹いていた。

「今日も良い天気だ。」

「はい、先生。お疲れ様でした。」

彼女は俺にコップを差し出した。

懐かしい味だ。

「コーイーよ。」

「コーヒーだ。」

「・・・・・。」

ここはカロンの国境にほど近いニクスの村だ。
カロンが近いこともあってかヒドラがやってくる危険はない。

ヒドラの勢力が強くなると、ここもやがて戦場になるのだろうか。

今でも鳴き叫ぶ声が聞こえる。
目を閉じれば残忍な光景が脳裏に浮かぶ。

許されるのなら俺はこうしてのんびり暮らしたい。
誰かの変わりに生きる事もしたくはない。

正義や使命、義務感が人を人でなくしていく。

綺麗事のただの大義名分だ。

俺は知っている。

裏を返せば皆同じだということを。

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