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私の罪。

2014/11/03

あの日も今日と同じ休日でした。
平成23年3月11日14時46分のことです。

出来る限りの情報収集を行い、起こりうる状況を予測し、
翌日、緊急会議を開きました。

ここは関西です。
直接的な被害はありません。
それでも事業に必要な物資を確保する必要がありました。

そして危惧したのは、南海トラフ地震の誘発でした。

私の住む市町村も勤め先も、そして職員の多くが
東南海・南海地震防災対策推進地域に住んでいます。

緊急連絡網を再更新し、
緊急時のマニュアルも改定しました。

医療機関のリストも配布を行いました。

停電時における設備の動作状況を配布し、
飲み水等の備蓄量も再検討しました。

出勤時に地震が起こった場合、
建物のどこに移動すればリスクが低いか。

近隣の指定避難所の周知。

各自居住する地域の避難場所と親族との連絡方法について、
予め調べて定めておくように指示しました。

徹夜で状況を確認し、会議に必要な資料をまとめました。

以下、会議で使用した資料の一部です。
・奈良県庁にて、3月11日16:00に第1報を発表
14:46 地震災害警戒体制 1号警戒配備
16:08 地震災害警戒体制 2号警戒配備
17:25 DMAT Dr1,Ns2,他1,福島県立医大へ出発
県立奈良病院1隊、市立奈良病院1隊が準備中
17:27 奈良県広域緊急援助隊 東北地方に出発
18:20 奈良県より消防庁へ出勤可能数の報告
18:45 消防庁より防災ヘリの要請あり
日の出とともに埼玉に出発(9名)
日本赤十字奈良支部1隊7名、県立三室にて出動準備中
3/12(土)12:00宮城へ向け出発予定
22:00 地震災害警戒体制2号警戒配備より1号警戒配備へ
22:24 消防庁より奈良県緊急消防援助隊に出動要請
1:30辻インターより東京へ出動予定
1:29  辻インターに集結
1:50  25隊91人により東京へ出発
3:30  奈良DMAT2隊(県立医大)、伊丹空港より自衛隊機に
より、花巻空港へ
3:59  地震警戒体制を2号警戒配備へ
6:09  奈良県消防防災ヘリコプター、埼玉県本田飛行場へ出発
6:50  奈良県DMAT2隊 伊丹空港出発
4:07  消防庁より目的地を新たな地震発生の為、長野県庁に変更
8:00  DMAT1隊(市立奈良病院)伊丹空港へ
8:30  地震災害警戒体制を1号配備へ
8:32  奈良県防災ヘリ、本田飛行場へ到着、福島空港へ
8:55  DMAT2隊、花巻空港到着
9:25  防災ヘリ福島空港へ到着、福島県で活動となる。
9:30  DMAT1隊(市立奈良病院)伊丹空港着。

過日修正された内容もあるかもしれませんが、
当時リアルタイムで県より発表されていた内容の抜粋です。

幸い、本日まで関西では大きな地震は起こっていません。
しかし、明日起こらないとは誰も言いきることはできません。

2013年3月8日 警察庁緊急災害警備本部の発表では、
同日時点での死者は15,881人、行方不明2,668人。

2013年2月15日 復興庁の発表では、
全国の避難者等の数 315,196人

その内訳は、
避難者 15,551人
転居者 299,645人
うち、避難所で生活をされている方は139人。

県外への避難・転居者の数
岩手県から1,627人、宮城県から7,981人、福島県から57,135人

発生日時:平成23年3月11日14時46分

震源及び規模:三陸沖(北緯38.1度/東経142.9度)
牡鹿半島の東南東130km付近
深さ24km、Mw9.0

震源域:長さ約450km、幅約200km

断層のすべり量:最大20~30m

震源直上の海底の移動量:東南東に約24m移動、3m隆起
最大震度7 1900年以降世界で4番目の規模の地震でありました。

節目節目では特番が組まれているようですが、
日常ではニュースを目にすることも随分と減りました。

自然による災害も、人の手による人災も
何一つ終息という言葉とは程遠い状況です。

考えないのか。考えたくないのか。考えさせたくないのか。
忘れたのか。忘れたいのか。忘れさせたいのか。
知らないのか。知りたくないのか。知らせたくないのか。

私もどれかに当てはまるのかも知れません。

それが私の罪の一つです。

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