・徒然なる日常

誰を信じれる。

2014/10/21

今週は体調不良で療養中である。

そのお陰で、
普段は見ないテレビというものを見る機会も多かったのだ。

しかし、その内容たるや実に理解に苦しむのだ。

高圧的な物言いは良くない。

長幼の云々というが、上司が部下に対しても
そんな高圧的な態度はとらないのだ。

一般社会では、権力を武器にして行動を
強制しようとすることをパワーハラスメントというのである。

もちろん、法律等で直接禁止されている訳でもない、
俗語ではあるが、モラルの話ではある。

「何々しないとやらないぞ。」

その会話のお二人は上司と部下の関係でも
主従関係でもあるまい。

しかし、やる、やらないがその人の認可、
承認権限なら、本人にそのつもりは無くとも、
パワハラと一般社会には見えるのである。

世の中、先見に秀で、才能と自信に満ちた
あなたがたのような人間ばかりではなく、
私のようなどうしようもない馬鹿もいるのである。

そして多くは一般社会しか知らないので、
それと比較するのである。

百歩譲ってもテレビの前なのだ。

公私の言葉の分別は必要ではあるまいか。

表裏がないのと分別がないのは別だと思うのだ。

年長者と年少者という観点でも、
懐の深さをと思うのである。

他の組織と協力して何かを行うとき、
相手はパートナーなのだ。

この観点からも相応しくない言葉使いなのだ。

仕事で1年の差は、256日×8時間。

「1年は2056時間の経験の差」と私は考えて、
年下や部下と接しているつもりである。

ましてや、環境や経歴、時代背景も異なる
自分とは別の人格を持つ「他人」である。

自分の「物差し」で図ることも、
自分の思うように動かすことも不可能なのである。

だから、コミュニケーション能力は必要なのである。

職種や立場が違えば、職務内容や権限、責任範囲、
物事の優先順位が違うのは当然である。

私は会議に遅れてきた職員を怒ったことはない。

「忙しいかったね、苦労様。では始めましょう。」

こんなやりとりなのだ。

平気で会議に遅れてくる部下を持った覚えも、育てた覚えもない。

この職員は私の知らない所で、一生懸命やっているのである。

他のメンバーも同じ思いなのであろう。

遅れて来たメンバーに気を荒立てる者はいない。

逆に、時間を変えるとか曜日を変える等の提案をしているのだ。

もし、平気で来客者を待たせる人と理解したなら、
それは選んだ人々を馬鹿にしていることにならないか。

私は、言葉の乱れは心の乱れ。それは仕事に現れると教えている。

日本のお偉いさんがテレビでコレでは、
部下に示しがつかないし、外国に対しても恥ずかしいのである。(^^;

内輪では気を使って、誰も注意しなかったり
同調されることもあるのかも知れないが、
それはその立場にいるからなのである。

社会の目は、決して「ひいき目」では見てくれないのである。

私も部下やパートナーから、
色々声を掛けられたり、気を使って頂いているが、
組織の看板を外せば「タダの人」。

組織のラベルを自分のレベルと勘違いしてはいけないのである。

要は「謙虚さ」なのである。

それを忘れると裸の王様や独裁者なのである。

また、何とか会での答弁を聞いていると、
組織の長がそれは直接誰々に聞いてくれと逃げているのである。

自分の指示や承認で動いた部下の仕事を説明できないのは、
一般会社ではおかしいのである。

一般職員レベルまで把握はしてないが、
直属の部下の動きくらい掌握するのが通常である。
あれでは、部下は安心して仕事に邁進できないどころか、
もう動けなくなるのである。

そして、一般組織でもそうだが、「辞令」というものを
発令する者は、相応の覚悟が必要である。

自分が発令した「辞令」により、
良くも悪くもその者の将来が大きく変わるのである。

最悪は、責任を取り、社を辞めなくてはならないこともある。

辞令とは一人の人間の人生を大きく変えるのである。

安易に取り扱っては決してならないのである。

だから、自分が発令した辞令により動いている部下は、
自分のことのように思わなければならないのだ。

「それは誰々が言った(やった)ことだ直接聞いてくれ。」

何か違うような気がするのである。

グランドデザインや指示の内容を説明し、
詳細についてはバトンタッチしてもよかろう。

「部下をかばえ」と言っているのではない。
かばう事は最良の組織や結果に結びつかないのである。

私が言いたいのは「前に立つ」ということである。

そうでなければ、
パートナーや部下は誰を信じれるのであろうか。

もっと世間様との常識の違いを知る必要があるのではなかろうか。

私はテレビで見た方々より、
何十年も人生経験の無い、世間知らずで稚拙な人間である。

お気を悪くされても、世間知らず故のたわ言とご容赦頂きたい。

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