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第6話 俺の知らない俺

俺たちは東に向かっている。

ヒドラの軍が占領したニクスの街を解放する為だ。

偵察兵の報告によるとヒドラの兵の数は2000人。
我々の部隊はどう多く数えても200人程度の小さな部隊だ。

途中でいくつかの別の部隊と合流して東の占領区を目指すらしい。

ニクスの国は本当に綺麗な国だ。
雄大な山脈があり、ここからでも壮大な平原の一部を見ることができる。
その平原を割るように大きな大河が流れている。

戦争さえなければニクスは理想郷とも思えるほど素晴らしい景色だ。

そしてその民は放牧を糧に生活している放牧の民が殆どだ。
それで近隣諸国からは自然と平和を愛する民の国として認識されている。

雄大な山脈には鉱山がある。

ニクスの民には関係ないが、カロンやヒドラの国からすれば
喉から手が出るほど手に入れたい資源だろう。

そして鉱山の先には平原と大河がある。
鉱山で採掘されたものを運ぶのにも都合が良いのだ。

そしてその大河の先にはカロンとヒドラの国がある。

その豊かな資源と地形がこれまで幾度となく
ニクスの悲劇を繰り返している要因でもある。

そしてカロンはニクスと同盟を結び、
ヒドラは力ずくで奪おうとしている。

出来過ぎたストーリーだ。

もし世に神がいるなら、
こんな物語を創った神は意地が悪い。

そんなことを考えながら俺はひたすらに歩いている。

「トライオード!」

誰かが話しかけてきた。
誰だ。俺はお前を知らない。

いつもの様にこう聞いた。

「すまない・・・、」

そう言い掛けたところで彼が割って入る。

「噂どおりだな。」

「噂?」

「あぁ。」

「どんな噂だ。」

「うちの部隊には腕の良い医者がいる。」
「だたそいつは口が悪くて、変人だ。」

「悪かったな。」

「物覚えが悪いって噂もあるぜ。」

「悪かったな。それで俺はお前に迷惑を掛けたか?」

「ハハッ、こりゃ噂どおりだ。」
「お前、噂では戦場でビビって記憶を無くしたって話だぜ。」

「この隊の兵の名前も忘れたあげくに、自分の名前すら忘れたって話だ。」
「本当なのか?」

「あっそうそう、俺はホレス、宜しくな。」

何て都合の良い解釈だ。
笑いが込み上げて止まらない。

「おい、どうした?」

「いや、何でもない。気にしないでくれ。」

「お前やっぱり変わり者だな。」
「自分の噂を聞いて怒るどころか笑ってやがる。」

「ところで一つ聞いていいか。」

俺はホレスに言った。

「あぁ。」

「俺はどうしてトライオードなんだ。」
「トライオード・・・どう考えても人の名前じゃない。」

今度はホレスが笑い始めた。
何かのツボにハマったらしい。

「おい、こう言っちゃ先生様に失礼だが、あんた本当に変わってるな。」

「本当に知らないんだ。教えてくれ。」

真面目な顔で俺はそう言った。
俺は誰なのか。ホレスは知っているのか。

「あんた、いつかの戦場から帰ってくるなり暴れ始めたんだ。」
「俺は誰だ!お前は誰だってね。」

「・・・覚えていない。」

「そうか。それで俺たちがあんたに名前を付けたんだ。」

「・・・トライオード?」

「そうだ。良いだろ?」

「到底人に付ける名前じゃないだろう。」

「まぁ聞け。見るからにあんたはカロンの人間じゃない。」

「そうなのか。」

「あんたの肌は白いだろ?」
「俺たちを見てみろ。いろんな色があるが白い肌の人間はいないだろ?」

「そう言われればそうだな。」

「あんたは他の国から来て、カロンに軍医として雇われたんだ。たぶん。」

「たぶん?」

「俺がお前のこと知る訳ないだろ?お前すら自分の事を忘れているのに。」

そうだな。

自分すら知らない[俺]をホレスが知っている訳はないか。

俺の表情を察してかホレスは話を続けた。

「気を悪くしないでくれ。」

「いや良いんだ。それで何故トライオードなんだ。」

「怒らないか?」

「怒らないさ(時と場合によるが)。」

「お前さんは酔うと直ぐに赤くなる。」

「それぐらいで怒ると思ったのか?」

「いいから、人の話は最後まで聞けよ。」

ホレスは笑いが止まらない様子だ。

「お前さんは女の前にでると直ぐ赤くなる。」
「女の話をしてもだ。」
「いつもは口の悪いお前だが、可愛いとこもあるんだってな。」

「いい年して女の前で赤くなるか?」
「これを笑わないでいつ笑うっていうんだ。」

ホレスの嫌な笑いは止まらない。
段々と腹が立ってきた。

「それで誰かがお前の事を真空管みたいだってね。」
「真空管でトライオード(三極管)ってのがあるだろ?。」
「直ぐ赤くなるところがトライオードだってよ。」

ゲラゲラと腹を抱えて笑っている。

「ホレス。」

「ハハッ、何だ?」

「お前が負傷して俺の前に来たら、俺はどうすると思う?」

「おいおい、やめてくれよ。脅かしっこはなしだぜ。」
「少し笑いが過ぎたよ、悪かった。機嫌を直してくれよ。」

「まぁ良い。お前が俺にトライオードって名前を付けた訳じゃなさそうだ。」

「付けたのはあいつさ。」

ホレスが指で挿す。

・・・・アベル。
あいつが俺にトライオードって名前を付けたのか。
トライオードって名前を付けた理由を聞いて俺の腹は煮えている。

少しは良い奴だと思ったが撤回だ。
人が悪いにも程がある。

俺はアベルのもとに走ろうとした。

「ちょっと待て!」

「今度は何なんだ!」

俺は少し興奮気味に返事をした。

「お前は本当に真空管(トライオード)だな。」
「直ぐに赤くなりゃ、直ぐに熱くなる。ピッタリの名だな。」

俺は拳を固めた。

「アベルの所に行く気だろ?」
「まぁ待てよ。まだ話は済んじゃいない。」

そう言うとホレスは俺の肩を叩いて俺を宥めた。

「アベルの事を悪く思うな。」

どうもアベルという男は一般兵には人気があるようだ。
少しは上官にも好かれたらどうだ。

「あいつはお前の事を考えて名前をつけたんだ。」

「・・・?。どういうことだ。」

「お前はトライオードって名前は人の名じゃないっていったろう。」

「あぁ。」

「いつかアベルが酔ってた時に言ってたぜ。」
「あいつにピッタリの名前だって。」

「まだ言うか!」

「いや違うよ、良く聞け。お前はホントに真空管だな。」

「お前は傷ついた兵を治療するだろ。」

「仕事だからな。」

「そうじゃない。お前は敵国の兵にも傷の手当てをしていたんだ。」

「俺がか?」

「覚えていないのか?まぁいいか。」

「それで他の兵が上官に見つかると殺されるから止めろと忠告しても、
お前は傷ついた人を手当するのは医者の務めだ。敵も味方も関係ないって。
そう言っていたろう。」

「何となく覚えている・・・かな?」

「それでアベルがお前が敵国の兵の手当をしていることを上官に言うなと
他の兵に脅しをかけたんだ。」

「アベルがか?」

「そうだ。アベルがだ。」

「それともう一つ。アベルはこうも言った。」

「トライオードって名はイカスだろ? あいつは医者としてとても熱い男だ。」
「あいつは俺より年下だろうが、俺は尊敬している。」

「お前達は自分が殺されると分っても敵国の兵の手当が出来るか?」

「俺には無理だ。」

「俺は死んでいった仲間の分も生きると誓ったしな。」

「それに俺はあいつらの家族に言わなければならない。」

「立派だったと。」

「それまでは死にたくても俺は死ねないね。」

「まぁ俺様は死なないけどな。ガハハッ。」

まるでその場にいるように状況が伝わってくる。
あいつは良い奴なんだか悪い奴なんだか全く以て理解に苦しむ。

「あいつが自分の事を思い出すまで、人の名前を付けるのはよそう。」

「あいつにだって母ちゃんがいるだろ。」

「名前ってもんは親が授けるもんだ。」

「俺たちが付けちゃいけねぇ。」

「あいつが自分の名前を思い出すまでのニックネームはトライオードだ。」
「みんないいか、あいつは今日からトライオードだ。ガハハッ。」

そんな事があったのか。
俺の記憶はどこで無くしたのか思い出せないが、
記憶が戻るまで、それまではトライオードでも良と思えた。

この妙に納得のいく俺の噂もアベルが仕組んだ噂なのかもしれないな。

この前の騒動で借りは返したぞアベル。
いいか、貸し借りは無しだ。

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