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第20話 それぞれの道

俺はロゼッタと彼女の家にいる。

テーブルには温かいたんぽぽのコーヒーが入れてある。

「先生・・・。」

「もう何も君は考えるな。」

「これは俺の問題だ。」

「先生だけの問題じゃないわ!」

「この村に医者は必要なの!」

「それに・・・。」

そう言うと彼女は口をつむってしまった。

彼女は小さく泣いている。

ここ最近、俺は彼女を泣かせてばかりいる。
俺が立ち去った後は笑顔でその人生を歩んでくれ。

それが俺の一番の願いだ。

「ロゼッタ・・・。」

「ありがとう。」
「君は命の恩人だ。」

「瀕死の俺を助けてくれた。」

「どれだけ感謝しても足りないくらいだ。」

「村の医者は大丈夫だ。」
「君は良い医者になるよ。」
「その点は安心している。」

「ただ・・・。」

「ただ・・?」

「いや何でもない。」

嫌な予感が頭をかすめたが、俺はそれを無理やり押し込んだ。

「ただ、なんなのよ・・・。」

「言葉のあやだ、気にしないでくれ。」

「俺はここに来て幸せだった。」

「だった?」

「ああ、とても幸せだった。」

「白い白衣を着て君と仕事が出来たことを誇りに思う。」

「それだ・・・け?」

「いや、言いたいことは山ほどあるが・・・。」

「言葉にならないんだ。」

「すまない、ロゼッタ。」

「いいの、謝らないで先生。」

「私も幸せだったわ。」

その表情は何かをふっ切ったように見えた。

「先生、ありがとう。」

「私は医者としてこの村で生きて行くわ。」

「それが先生の望みなんでしょ?」

彼女は全てを悟っている。

「私は先生の弟子よ、心配しないで。」

「ありがとう。」

「先生、お願いがあるの。」

「なんだ。」

「今日はここに泊っていくでしょ。」

確かに投降期日は明日だ。

「そうして下さい、先生。」

「わかった、そうするよ。」

「それと・・・。」

「まだなにかあるのか?」

「そんな言い方しないで下さい・・・。」

「すまない・・・。」

「投降した後、先生はどうなるんですか?」

考えてもみなかった。

「そうだな。」

「前に話したとおり、俺は戦場から逃げ出している。」

「それは・・・。」

「いや、いいんだ。」

「軍人のルールなんだ。」

投降したら俺はどうなる?
普通に考えたら銃殺刑だ。

それ以外は考えられない。

カロンも一皮剥けばヒドラと同じだ。

俺は銃殺されるのか。

やっと仲間のところに行けるな。

やっとエノーラに謝ることができる。

そんな俺の表情を察したのか彼女が言った。

「死のうなんて考えていないですよね?」

「もう自分を許してあげてください。」

死ぬも死なないもカロンしだいだ。
だがそんな事は彼女に言えない。

「ああ、わかっている。」

「投降したら・・・俺は軍医に戻されるだろうな。」

「もし君のご両親に会ったら、君は元気でやっていると伝えておくよ。」

「お願いしますね、先生。」

彼女は知っている。
ご両親は既に死んでいることを。

知っていてそのような返事をしているのだ。

そんな彼女が愛おしく思える。

「先生・・・。」

「なんだ。」

「ありがとう。」

「俺もだロゼッタ。ありがとう。」
「村の人達に宜しく伝えておいてくれ。」

「わかりました。」

二人はそれぞれの部屋で夜を迎えた。

どれくらいの刻が過ぎただろうか。

俺は彼女の部屋に入った。

始めて入る彼女の部屋だ。

ロゼッタはもう寝ているようだ。

その枕は大きく濡れている。

「ありがとうロゼッタ。」

「俺はもう行くよ。」

そう言うと俺は彼女に唇を交わした。

そう言えば初めて会った時は君からだったな。

最後は俺からだ。

「さようなら、ロゼッタ。」
「幸せに暮らしてくれ。」

そう言うと俺は彼女の部屋を出た。

部屋の中から彼女の声が聞こえてきた。

『ありがとう、先生。』

ありがとうロゼッタ。

俺は草原の小さな家を出て隣村の市場を目指した。

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