俺はロゼッタと彼女の家にいる。
テーブルには温かいたんぽぽのコーヒーが入れてある。
「先生・・・。」
「もう何も君は考えるな。」
「これは俺の問題だ。」
「先生だけの問題じゃないわ!」
「この村に医者は必要なの!」
「それに・・・。」
そう言うと彼女は口をつむってしまった。
彼女は小さく泣いている。
ここ最近、俺は彼女を泣かせてばかりいる。
俺が立ち去った後は笑顔でその人生を歩んでくれ。
それが俺の一番の願いだ。
「ロゼッタ・・・。」
「ありがとう。」
「君は命の恩人だ。」
「瀕死の俺を助けてくれた。」
「どれだけ感謝しても足りないくらいだ。」
「村の医者は大丈夫だ。」
「君は良い医者になるよ。」
「その点は安心している。」
「ただ・・・。」
「ただ・・?」
「いや何でもない。」
嫌な予感が頭をかすめたが、俺はそれを無理やり押し込んだ。
「ただ、なんなのよ・・・。」
「言葉のあやだ、気にしないでくれ。」
「俺はここに来て幸せだった。」
「だった?」
「ああ、とても幸せだった。」
「白い白衣を着て君と仕事が出来たことを誇りに思う。」
「それだ・・・け?」
「いや、言いたいことは山ほどあるが・・・。」
「言葉にならないんだ。」
「すまない、ロゼッタ。」
「いいの、謝らないで先生。」
「私も幸せだったわ。」
その表情は何かをふっ切ったように見えた。
「先生、ありがとう。」
「私は医者としてこの村で生きて行くわ。」
「それが先生の望みなんでしょ?」
彼女は全てを悟っている。
「私は先生の弟子よ、心配しないで。」
「ありがとう。」
「先生、お願いがあるの。」
「なんだ。」
「今日はここに泊っていくでしょ。」
確かに投降期日は明日だ。
「そうして下さい、先生。」
「わかった、そうするよ。」
「それと・・・。」
「まだなにかあるのか?」
「そんな言い方しないで下さい・・・。」
「すまない・・・。」
「投降した後、先生はどうなるんですか?」
考えてもみなかった。
「そうだな。」
「前に話したとおり、俺は戦場から逃げ出している。」
「それは・・・。」
「いや、いいんだ。」
「軍人のルールなんだ。」
投降したら俺はどうなる?
普通に考えたら銃殺刑だ。
それ以外は考えられない。
カロンも一皮剥けばヒドラと同じだ。
俺は銃殺されるのか。
やっと仲間のところに行けるな。
やっとエノーラに謝ることができる。
そんな俺の表情を察したのか彼女が言った。
「死のうなんて考えていないですよね?」
「もう自分を許してあげてください。」
死ぬも死なないもカロンしだいだ。
だがそんな事は彼女に言えない。
「ああ、わかっている。」
「投降したら・・・俺は軍医に戻されるだろうな。」
「もし君のご両親に会ったら、君は元気でやっていると伝えておくよ。」
「お願いしますね、先生。」
彼女は知っている。
ご両親は既に死んでいることを。
知っていてそのような返事をしているのだ。
そんな彼女が愛おしく思える。
「先生・・・。」
「なんだ。」
「ありがとう。」
「俺もだロゼッタ。ありがとう。」
「村の人達に宜しく伝えておいてくれ。」
「わかりました。」
二人はそれぞれの部屋で夜を迎えた。
どれくらいの刻が過ぎただろうか。
俺は彼女の部屋に入った。
始めて入る彼女の部屋だ。
ロゼッタはもう寝ているようだ。
その枕は大きく濡れている。
「ありがとうロゼッタ。」
「俺はもう行くよ。」
そう言うと俺は彼女に唇を交わした。
そう言えば初めて会った時は君からだったな。
最後は俺からだ。
「さようなら、ロゼッタ。」
「幸せに暮らしてくれ。」
そう言うと俺は彼女の部屋を出た。
部屋の中から彼女の声が聞こえてきた。
『ありがとう、先生。』
ありがとうロゼッタ。
俺は草原の小さな家を出て隣村の市場を目指した。